まるふく商店バルザック支店
ゼルバイン南部、港町バルザック。
戦後の復興で活気を取り戻しつつあるその街の、古い石造りの屋敷にショウイチは招かれていた。
「お初にお目にかかる、商会長殿。」
出迎えたのは、南部一帯を治める貴族――バルザック伯ルードヴィヒ。
年の頃は五十前後、目つきは鋭いが笑顔は商人のように柔らかい。
彼は広間の中央でワインを注ぎながら本題に入った。
「単刀直入に申す。我が領に“まるふく商店”の支店を開いてほしい。」
ショウイチは眉を上げた。
「俺んとこは流れの商売だ。支店を構えるとなりゃ、領主の保護や取引保証がいる。あんたはそれをやる気があるのか?」
ルードヴィヒは大きく頷く。
「もちろんだ。南部は物資の流通こそ命だ。だが戦後、中央の商人どもが足元を見て高値を吹っ掛けてくる。貴殿のような正直な商売人が来てくれれば、領民も助かるし、私の領も潤う。」
「……正直な商売人、ねぇ。」
ショウイチは鼻で笑ったが、その目はわずかに興味を帯びていた。
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しかし即答はせず、港の海風を背に立ち上がる。
「悪いが、この話は一旦持ち帰らせてもらう。俺は背中に親玉がいる商売人だ。勝手には決められねぇ。」
ルードヴィヒは首を傾げる。
「親玉?」
「グランツ侯爵だ。商売の信用も作ってくれた人だ。筋は通す。」
その日のうちにショウイチは馬車でグランツ領へ戻った。
夜遅く、侯爵邸の執務室に明かりが灯る。
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「ゼルバイン南部に支店を?」
書類を手にしたグランツ侯爵は、深く椅子に腰掛けたまま考え込む。
「……彼らは戦後の混乱で物資が不足している。君の商会が入れば確かに救われるだろう。」
ショウイチは腕を組む。
「だが、戦った相手の領だ。裏で何を企んでるか分からねぇ。」
侯爵は静かにペンを置く。
「君の懸念は正しい。戦争は終わったが、政治の火種は残っている。ルードヴィヒ伯は商売のためだけに君を招くかもしれないが、その商圏を利用して情報を引き出そうとする可能性もある。」
「つまり、どうする?」
ショウイチの声は短く鋭い。
侯爵は微笑を浮かべた。
「条件を出そう。第一に、君の支店は独立採算制ではなく、グランツ領の監督下に置く。第二に、護衛は常に倍増し、情報は週ごとに私へ報告。第三に、ルードヴィヒ伯が約束を破れば即撤退。」
ショウイチは少し黙り、そして笑った。
「いいな。筋も通ってるし、背中も守られる。」
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翌日、再びゼルバイン南部。
ルードヴィヒ伯の屋敷で、ショウイチは条件を提示する。
「この条件を飲むなら支店を出す。飲めねぇなら帰る。」
伯はしばし沈黙したが、やがて口角を上げた。
「……良いだろう。その条件で手を打つ。」
握手を交わす瞬間、ショウイチは小さく釘を刺した。
「一つだけ覚えとけ。俺は商売人だが、邪魔する奴は容赦なく潰す。」
その言葉に伯は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑みを戻した。
こうして「まるふく商店ゼルバイン南部支店」の計画は動き出す――。




