ゼルバインでの暗殺未遂
夜。
ゼルバイン南部の宿屋「赤鹿亭」の一室で、ショウイチは湯上がりの髪をタオルで拭きながら、窓辺で酒を飲んでいた。
薄いカーテンの向こうには、石畳を照らす月明かり。
外では少年隊が交代で見張りについている。
「まったく……戦が終わっても、やることは山ほどだな」
誰に言うでもなく呟き、グラスを傾けたその瞬間――背後の気配が変わった。
スッ――。
冷たい空気が走り、ショウイチの首筋を刃がかすめる。
しかし次の瞬間、暗殺者の手首はショウイチに掴まれ、無理やり床に叩きつけられた。
「遅ぇよ。昼間からずっと見張ってたんだろ?」
ショウイチの声は淡々としていた。
暗殺者は無言で短剣を振り上げるが、ショウイチは一歩踏み込み、顎に膝を叩き込む。
骨が砕ける鈍い音。暗殺者は喉から空気を漏らし、そのまま意識を失った。
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騒ぎを聞きつけ、カイルと数名の少年隊が部屋になだれ込む。
「男爵! 怪我は……」
「ねぇよ。ただの下手くそだった。」
床の暗殺者を見下ろし、カイルは眉をひそめる。
「ゼルバイン貴族の差し金でしょうか。」
「だろうな。俺らが商売で稼ぐのが気に食わねぇ連中だ。」
ショウイチは暗殺者の服から一通の書状を抜き取った。
そこには「商圏拡大阻止」と「まるふく商店の排除」という乱雑な指示が記されていた。
署名こそないが、裏に使われた家紋の印がはっきりと押されている。
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翌日、ショウイチはその家紋を堂々と掲げ、ゼルバイン南部の中央広場に立った。
周囲には少年隊と、昨日の商人たち、そして物見高い市民たち。
「昨日、俺の命を狙った間抜けがいた。こいつを雇ったのは、この家紋の貴族だ!」
声が広場に響き渡る。
ざわめきが広がる。市民の間ではすでに敗戦貴族への不満が燻っていた。
ショウイチは続ける。
「俺は商売人だ。物を売り、腹を満たす。それが気に入らねぇなら、堂々と交渉しろ。背後から刃物を持ってくるな。」
群衆から拍手と歓声が上がる。
この場で貴族が反論できるはずもなく、ショウイチはその空気を利用した。
「この町にもっと物を入れる。塩も、油も、干し肉も、布もだ。値段は変えねぇ。だが護衛は倍にする。だから、邪魔する奴は――」
ショウイチは拳を握り、わざと鉄製の街灯を殴りつけた。
金属がへこみ、響き渡る音に群衆は息を呑む。
「――こうなる。」
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その日から、まるふく商店はゼルバイン南部で圧倒的な信頼と恐怖を同時に得た。
「ショウイチに手を出せば潰される」という評判は瞬く間に広がり、逆に商圏は急拡大。
彼を狙った貴族は王都へ召喚され、権力を大きく削がれることになる。
宿へ戻ったショウイチは、煙草をくわえながら呟く。
「戦争より楽だな、こういうのは。」
リナは呆れ顔で机に書類を置く。
「あなたの場合、何をやっても殴ることになるのね。」
「必要な時だけだ。」
カイルは無言で頷き、その日の護衛配置をさらに強化した。
戦争は終わっても、商売の戦場はまだまだ続く――。




