グランツ領 格闘大会
グランツ侯爵領、夏の終わり。
騎士団の訓練場は、普段の稽古では見られないほどの人で賑わっていた。
理由はただ一つ――「第一回 グランツ領 格闘大会」の開催である。
開催を決めたのは、他ならぬグランツ侯爵だった。
ショウイチが騎士団に格闘を教え始めてから、団員たちは明らかに士気が上がり、領内でもその噂が広まっていた。
「この勢いを領全体の活力に繋げたい」と侯爵は考えたのだ。
ルールはシンプル。
木剣と素手の攻撃のみ。防具は最低限の革鎧と面頬。
投げ技・関節技は許可されるが、目突きや急所攻撃は禁止。
試合時間は三分。一本勝負で勝敗を決する。
参加者は騎士団、傭兵団、鍛冶屋、漁師、農民まで幅広い。
「優勝者には金貨五枚と、侯爵からの褒賞を与える!」
その一言で、領民の熱気はさらに高まった。
そして予選。
試合は八つの小さな土俵で同時進行され、勝ち抜いた者だけが決勝トーナメントに進める。
ショウイチの初戦は若い槍兵との対戦だった。
木剣を構える槍兵に対し、ショウイチは素手を選択。
「来いよ」
開始の合図と同時に間合いを詰め、ローキックで脚を止め、体勢が崩れたところを肩でぶつかり投げ飛ばす。
場外。開始十五秒で勝負がついた。
二回戦は剣士との試合。
今度は木剣を手に取るショウイチ。
「剣も使えるんだな」と相手が笑った瞬間、ショウイチは鋭い踏み込みからの胴打ち。
その速さは観客から歓声を巻き起こした。
一方、グランツ侯爵の試合は別の意味で迫力があった。
鍛え上げられた巨体に木剣を握り、まるで戦場さながらの雄叫びと共に相手を押し潰すような突進。
相手の木剣は一撃で弾き飛ばされ、観客は「おおおお!」と総立ちになった。
こうして、予選が終わる頃には――
「やっぱりショウイチ殿と侯爵が決勝で当たるのでは?」
そんな声が観客席からあちこちで聞こえるようになっていた。
予選が進む中、観客席から「おい、あの軽戦士、見たことないぞ」とざわめきが起こっていた。
顔を布で覆い、低い声で名乗るその参加者は「リオン」。
身のこなしが妙に軽く、初戦から華麗なフットワークと鋭い打撃で勝ち上がっていく。
そして準決勝――対戦カードは「ショウイチ VS リオン」。
土俵の中央で構える相手を見た瞬間、ショウイチはピンと来た。
(動きが…リナに似てるな)
試合開始。
木剣同士の鍔迫り合いから、ショウイチは素早く肘打ちを繰り出す。
しかしリオンはそれを見切り、離れてから右ストレートを放つ。
逆にショウイチはローキックでリオンの脚を削る。
さらに間合いを詰め、肩口を押してバランスを崩させ、最後は木剣を首元に突き付けた。
「勝負あり!」
リオンは観念して布を外す――やはりリナだった。
「なんでバレたのよ!」
「ストレートの打ち方で分かった」
リナは悔しそうに舌を出し、観客席からは笑いと拍手が沸き起こった。
そして決勝戦。
土俵に立つのは、ショウイチとグランツ侯爵。
侯爵は60を過ぎた老人とは思えぬ体格を誇り、肩幅は広く、両腕は岩のように太い。
「若造…この老骨がどこまで通用するか、試してみるか」
「全力で来てくださいよ、侯爵」
開始の合図と同時に、侯爵は木剣を振り下ろす。
その一撃は重く、受け止めた腕が痺れるほど。
ショウイチは横に回り込むが、侯爵の踏み込みは驚くほど速く、追撃の横薙ぎが風を切った。
鍔迫り合い。
力では明らかに侯爵が上だ。ショウイチはあえて下がり、ローキックで脚を削り、再び距離を取る。
だが侯爵は顔色ひとつ変えず前進。木剣を盾のように構え、真正面からぶつかってくる。
残り時間わずか。
ショウイチは一瞬の隙を突き、木剣を高く弾き上げ、腹部に拳を叩き込む。
しかし侯爵はそれでも膝をつかず、逆に木剣を片手で掴み振り下ろす――その刹那、試合終了の合図が響いた。
判定は僅差でショウイチの勝利。
観客席からは大歓声と拍手。
侯爵は笑いながらショウイチの肩を叩いた。
「見事だ。…だが、次は負けんぞ」
「その時は、俺ももっと強くなってますよ」
こうして第一回格闘大会は幕を下ろし、領内には新たな活気が満ちていった。




