初めての決闘
バスティアン子爵の失脚から、半年。
まるふく商店も工場も、穏やかな日々を過ごしていた。
氷室は厳重に守られ、保存食は領内の宿場町や軍備倉庫へ安定して供給されている。
俺とリナは、朝は商店の確認、昼は工場の進捗管理、夕方には領内視察と忙しいが、
それでも合間を縫って村祭りや市場の新商品試食会に顔を出すのが恒例になっていた。
ある日の午後――
「ほら見ろよショウイチ!この新作の菓子、氷で冷やしたら絶品だぞ!」
市場の青年が差し出してきたのは、果実を煮詰めて固めた甘菓子。
氷で冷やすことで歯応えが増し、甘さが引き締まる。
それを食べたリナは、目を輝かせて頷いた。
「これ、店で売ろう。氷菓子として流行るわ」
こうしてまた一つ、新しい名物が生まれた。
そんな穏やかな時間が続くと思っていた――
だが、ある夕刻。
商店の前に、一台の豪奢な馬車が止まった。
中から降りてきたのは、見覚えのある顔。
バスティアン子爵の長男、ギルバートだった。
「……よくものうのうと生きていられるな、ショウイチ!」
開口一番、そう怒鳴った。
その声には怨嗟と恨みが混じっている。
「何の用だ?」と俺が冷たく返すと、
彼は懐から一通の紙を突き出した。
「決闘状だ!父を死に追いやった報いを受けろ!」
リナが一歩踏み出そうとしたが、俺は手で制した。
「いいだろう。受けてやる」
数日後――
領の決闘場。観客席には領民や商人たちが集まり、ざわめきが広がる。
俺は素手、ギルバートは真剣。
「……剣なんて握ったことない奴が、何をする気だ」
心の中でそう呟きながらも、構えを取る。
合図の鐘が鳴る。
ギルバートが叫び声を上げながら突っ込んできた瞬間、俺は軽く身をかわし、手首を掴んで捻る。
「ぐあっ!」
剣が手から滑り落ち、地面に突き刺さる。
次の瞬間、俺の膝蹴りがギルバートの腹に入り、彼はうずくまった。
それでも這い寄ろうとする彼の肩を押さえ、耳元で静かに言った。
「お前、もうやめとけ。命までは取らん」
ギルバートは呻き声を漏らし、そのまま衛兵に抱えられて退場していった。
観客席は沈黙の後、拍手と歓声に包まれた。
だが俺の胸には、勝利の喜びよりも、
この先もこういう火種は尽きないだろうという予感が渦巻いていた。
ギルバートとの決闘から一週間後。
市場に視察に出ていた俺の前に、またあの豪奢な馬車が現れた。
扉が開き、中からギルバートが薄笑いを浮かべて降りてくる。
「この前は…俺が未熟だっただけだ」
そう言うと、背後の荷台から屈強な男が二人降りてきた。
片目に眼帯をした大男と、背中に二本の剣を背負った痩せ型の剣士。
明らかに領外の傭兵だ。
「今度は俺じゃない。こいつらと戦え!」
ギルバートは人垣に向かって声を張り上げる。
「領民よ、見届けろ!偽りの英雄ショウイチが、本物の剣士に負ける瞬間を!」
俺はため息をつきながら上着を脱いだ。
「……仕方ないな」
即席で作られた決闘の場。
傭兵二人が左右から同時に詰め寄る。
大男が斧を振り下ろし、痩せ型が背後から突きを繰り出す。
俺は半歩後ろに下がり、斧を受け流しながら痩せ型の手首を外から叩く。
金属音と共に剣が地面に落ちた。
大男の斧を掴み、腕をねじ上げて背負い投げ――地面が鳴動し、土煙が上がる。
痩せ型が拾い上げた短剣で再び突っ込んでくるが、
俺は回し蹴りで刃を弾き飛ばし、顎に軽く一撃を入れた。
二人とも地面に転がり、呻き声を上げる。
静寂の中、俺は傭兵の首元に手を置いて言った。
「死にたくなければ、今すぐここを去れ」
傭兵たちは顔を見合わせ、武器を放り投げて逃げ出した。
残されたのは、顔面蒼白のギルバート。
俺はゆっくりと歩み寄り、その肩に手を置く。
「……お前、恥の上塗りって言葉知ってるか?」
観衆から笑い声が起こり、ギルバートの顔は真っ赤になった。
「覚えていろ!」と捨て台詞を残し、彼は馬車へと飛び乗ったが、
その背中にはもう威厳も何もなかった。
この一件で、ギルバートの愚かさは領内に完全に広まった。
次に何かを仕掛けてきても、もう誰も彼を本気で相手にしないだろう――
少なくとも、そう思えた。




