氷泥棒
まるふく商店の氷事業が順調に広まり始めたころ――。
グランツ侯爵領の隣領では不穏な噂が飛び交っていた。
「グランツ領で氷を大量に作れる装置があるらしい」
「保存技術があれば、戦時にも物資が腐らず届く…まさに兵站の切り札だ」
バスティアン子爵は、その噂を耳にして眉をひそめた。
「……氷か。戦であれは確かに脅威になる。しかもあの商店、例のショウイチが経営しているのだろう? ギルバートを辱めた男が」
子爵は笑みを浮かべた。
「ならば奪え。あの男の手から氷を作る技術ごと、根こそぎ持ち帰れ」
こうして選ばれたのは、子爵領でも腕利きの工作員3名。
全員が市井に溶け込む技術を持ち、盗みと暗殺の経験豊富な者たちだ。
彼らは偽の商人や旅人を装い、グランツ領へと足を踏み入れる。
目標はただ一つ――まるふく商店の氷製造室。
その夜、裏路地でひそひそと声が交わされる。
「製造室の場所はわかった。あとは見張りの交代の隙を狙う」
「だが近衛が二重で張り付いている。失敗すれば生きて帰れんぞ」
「失敗は許されん。ギルバート様もこの件に絡んでいる。必ず成功させるぞ」
まるふく商店を巡る、氷をめぐる静かな戦いの火蓋が――切られた。
まるふく商店の氷製造室――
その前の広間には、昼夜を問わず武装した見張りが立っていた。
しかし、それはあくまで“表”の守りだ。
裏では俺とリナ、そしてグランツ侯爵直属の近衛騎士4名が、二階の宿泊室で交代で仮眠を取りつつ待機していた。
見張りの交代時間も、あえて一瞬だけ“守りの薄い瞬間”を演出。
そこに飛びつく敵を、一気に叩き潰すためだ。
そして、その時は訪れた。
深夜――表の警備が交代に入った瞬間、裏口の影から三つの黒い影が滑り込む。
気配は消しているつもりだろうが、耳に届く足音は猫よりも重い。
「来たな」
俺はリナと視線を交わし、剣を抜いた。
階下で氷室の扉に手をかけた瞬間――
「そこまでだッ!」
俺の声と同時に、二階の窓から近衛騎士が飛び降りる。
一人目の工作員が驚きで硬直したところを、リナが一閃。
鋭い切っ先が相手の短剣を弾き飛ばし、その勢いで壁に叩きつけた。
「クソッ、こっちは二人を抑える!」
残りの二人が氷室に殺到するが、俺が前に出て剣を振る。
火花が散り、金属の臭いが広がった。
一人を蹴り飛ばし、もう一人の喉元に刃を突き付ける。
「……あんたら、どこの差し金だ?」
返事はなく、代わりに目だけで憎悪をぶつけてくる。
そこにバルドとミルザが乱入し、拘束具を手際よく装着。
「衛兵詰所まで運ぶ。残りは任せろ」
二人の近衛出身らしい動きは無駄がなく、捕らえた三人をずるずると引きずっていった。
リナが息をつきながら俺の肩を軽く叩く。
「これで氷室は守られたわ。……でも、この動きの早さ。相手は相当情報を持ってるわね」
俺はうなずきつつ、夜空を見上げた。
静けさは戻ったが、その奥に渦巻く不穏さは消えていなかった――。




