『工場の影と商店の光』
保存食工場が本格稼働して一か月。
干し肉味噌汁も塩鮭も評判は上々で、兵士や旅商人だけでなく、領内の裕福な家にも広まりつつあった。
だが、裏側では問題が山積みだった。
まず人手。
料理人は侯爵の紹介で腕の立つ者を集められたが、保存食の製造は単なる調理ではなく、乾燥・塩漬け・包装といった工程を一気通貫でこなす必要がある。
慣れない者は手際が遅く、失敗も多い。干し肉の乾燥が甘ければ腐るし、塩鮭の塩加減を間違えれば売り物にならない。
そして原料。
肉も魚も季節や天候に左右され、仕入れは不安定だった。
特に大雨の後は川魚の数が激減し、予定生産量が半分以下になることもあった。
ショウイチは毎日のように倉庫の在庫表を眺め、ため息をついた。
「売れるのはいいが……原料が追いつかん」
一方、まるふく商店の方はというと、こちらは思わぬ好調を見せていた。
炊き出しや保存食の評判で客足が増え、倉庫に眠っていた訳の分からない雑貨まで売れていく。
使い道のない真鍮の小像や、古びた食器、柄が妙に派手な布地まで、気がつけば棚から消えていた。
「領外から来た客が、土産に買っていくんですよ」
とリナは嬉しそうに報告する。
しかし、別の在庫――レトルトカレーや缶詰――は、残りわずかになっていた。
異世界では再生産できない品だ。
ショウイチは倉庫の棚に並ぶ最後の箱を見つめ、
「……これが無くなったら、二度と作れん」
と呟いた。
リナはそんな彼の背中を見て、何かを考え込んでいるようだった。
倉庫で最後のレトルトカレーの箱を見つめるショウイチの背中に、リナの声が飛んだ。
「ねえ、ショウイチ。……これ、本当にもう作れないの?」
「……作れんよ。袋も缶も、この世界じゃ作る技術も材料もない。中身の味だって、再現するには調味料から違う」
リナは少し首を傾げ、唇を尖らせた。
「じゃあ、似たようなのを作ればいいじゃない。袋も缶も、この世界の職人に頼めば“似たもの”くらい作れるでしょ?」
ショウイチは眉をひそめた。
「簡単に言うな……この世界の保存技術は干すか塩漬けくらいだ。密封も加圧殺菌もできねぇ」
「でも、ほら、干し肉味噌汁や塩鮭だって最初は無理だって言ってたじゃない。できるまで試すしかないわ」
リナの目は輝いていた。
「味はあたしが研究するから、包みや容器は職人と話してみる。侯爵に許可をもらって、専用の職人組合を作ってもいいわ」
ショウイチは溜息をつきながらも、その顔に笑みを浮かべる。
「……お前、もうすっかり商人の顔だな」
「でしょ?」
リナは得意げに胸を張った。
こうして“異世界カレー”と“缶詰もどき”の試作計画が始まった。
問題は山ほどあったが、二人の目はその挑戦に燃えていた。




