『炊き出しが運んだ商機』
辺境から戻って二日後。
まるふく商店の前に、見慣れぬ荷馬車が停まっていた。
荷台には干し肉や穀物が山積みだ。
店に入ってきたのは、あの炊き出しで会った村の年長者だった。
「ショウイチ殿、あのカレー……あれをまた食べさせてくれんか? 村の皆が忘れられんと言っておってな」
後ろからバルドが笑う。
「ほらな。あんだけ喜ばれりゃ、そりゃまた食いたくなる」
だがリナが首を傾げた。
「でも、あの辺境は領都からかなり遠いですよ? 何日もかけて作りに行くのは効率が……」
ショウイチは少し考え、口角を上げた。
「なら、“持って行けるカレー”を作ればいい。保存がきいて、水と煮込むだけで完成するやつだ」
リナの目が輝いた。
「それ、領都だけじゃなく他領でも売れますよ! しかも、被災地や旅人向けの新しい商品として!」
早速、店の奥で試作が始まった。
スパイスを粉末にし、肉と野菜を干して袋詰めにする。
これにショウイチが名前をつけた──《グランツ領特製 備蓄カレー》。
一週間後、まるふく商店の軒先には、紋章入りの木箱に詰められた新商品が並んだ。
炊き出しの時の噂が追い風となり、初日から飛ぶように売れた。
「……なるほど、こうやって商売は広がっていくのか」
リナは包みを数えながら、嬉しそうに笑った。
ショウイチは胸の奥で静かに思う。
──この商機を生んだのは、あの時鍋を囲んで笑った人々の顔だ、と。
新商品の《グランツ領特製 備蓄カレー》は、発売から三日で在庫が半分消えた。
しかも買っていくのは旅商人や行商が多く、彼らの行き先は領外だ。
「……これは早めに侯爵様に相談しないとまずいな」
ショウイチはそう呟き、リナと共にグランツ侯爵邸を訪れた。
執務室に通され、侯爵が書類から顔を上げる。
「ほう、また妙な顔をしておるな。何かあったか」
ショウイチは簡潔に状況を説明した。
「例のカレーが、領外にまで広まる可能性があります。輸出として正式に動かしたいのですが、許可と税の取り決めをお願いしたく」
侯爵は眉をひそめた。
「食べ物の輸出は簡単ではないぞ。品質管理、価格競争、そして他領の商会との利権争い……」
横でリナが口を開く。
「でも、備蓄用としての需要は確実です。非常時の食糧として領の名を広められますし、利益の一部を領の復興基金に回せば、反対は減るはずです」
その言葉に、侯爵の目が細くなった。
「……やはりお前は只者ではないな。よかろう、正式に輸出として認める。税率は一割、領名と紋章の使用を許可する代わりに、粗悪品が出回らぬよう責任を持て」
ショウイチは即座に頭を下げた。
「感謝します。必ず品質は守ります」
こうして、《グランツ領特製 備蓄カレー》は、領外への輸出が正式に許可された。
まずは隣領のバルハルト領への出荷が決まり、馬車五台分の契約が成立する。
その夜、まるふく商店の倉庫では、護衛たちが汗をかきながら箱詰めをしていた。
リナは帳簿を片手に、出荷リストを素早く書き上げる。
「……これで、まるふく商店は領を飛び出すんですね」
ショウイチは少し笑って答えた。
「そうだ。だが領を離れても、看板には“グランツ”の名を刻み続ける」




