二
一般棟は部活に行かない学生たちで賑わっていた。いつものことである。教室、廊下、至る所に若い熱意と馬鹿らしさが混在してそれが音色を奏でている。これがギリギリのところで和音を成して調和しているから不思議である。決して不快ではないのだ。
「じゃあ失礼します」
霜村が黙ったままだからか、いよいよ気まずくなった坪井は先に階段を降りていった。弓道場には先に廊下を行ってからでも行けたが、二人の空気に耐え兼ねたのだろう。霜村はそう分析して、でもそれを是正しようとは微塵も思わなかった。霜村は廊下を行き、教員玄関の横へ向かった。
「やはり君か」
そこにいたのは、淡い緑のブラウスに、ベージュのチノパンの出で立ちの栗色のミディアムボブの女性だった。
カジュアルなスニーカーを履いており、頭には黒と白のキャップを目深に被っている。霜村は小さくため息をついた。
声に反応して、掲示板のポスターをじっと眺めていた視線が霜村に向いた。
「先生、こんにちは」
佐古下は優雅に微笑んでから、片手をささやかに上げた。挨拶のようである。
「どうしたんだい?」
「分かっていますでしょう?あれから随分お久しぶりです」
「何年ぶりかな?」
佐古下の瞼が急に重くなる。これは彼女なりの睨み、である。
「なんですかそれ?全然面白くありません。何日、の間違いでしょう?」
「……ああ、良かった」
「はい?」
「いやね。あれが僕の夢なら君に変なことを言いたくないと思ってね。数日ぶり、ということはやはりあれは夢ではないということか」
「本気で夢だと思ってたのですか?」
「いや、半信半疑だったよ。でも今の君の発言で現実だったと証明された」
霜村はわざとらしく両手を広げた。我ながら苦し紛れの気障ったらしい仕草である。彼はそう自嘲した。
「約束しましたよ。あとで話してくださると」
「分かった。……君はこのあとの予定は?」
「ありません。だからお伺いしました。いつまで経ってもいらっしゃらないから」
「……根に持つね」
「持ちます。まだ分からない点がありますから」
そう、彼の独白により開示されたことがある。それを佐古下は知らないのだ。
そして恐らく齋藤という存在は消え失せている。霜村と佐古下、あとはあの世界を生き残った人間しか彼の存在を知り得ない。
それならば佐古下に明かすのも彼の意思かもしれない。霜村は都合よくそう解釈してみた。
時刻は十六時五分。
霜村は今日で調整しきれる授業編成を明日以降に持ち越すことに決めた。
「荷物まとめたら直ぐ来るから待ってて」
霜村はそう告げてから踵を返した。
◆
佐古下は霜村の運転する車の助手席で、窓枠に肩を預けながら、正面をぼんやりと見ていた。
田んぼをやや遠くに眺める。中古車販売点や、アパートの数々、コンビニエンスストアや町の中華屋さん。どれも見知ったものだったが車の座席から高速で流れていくのを見ると違う町のようにも思えるから不思議だ。




