十
「分かりました」
齋藤はその返事を聞くと抱えていた佐古下の拘束を解く。その間半分無防備な彼に迫らないのだから、霜村の言葉は本当なのかもしれない。
口の拘束、次いで手足の拘束を解かれた佐古下は黙ったまま立ち上がった。彼女は霜村を睨んでいた。
「私も一緒では駄目ですか?」
「ああ、駄目だ」
「何故!」
「君はまだ分かっていない」
「分かりました!先生よりも強引ではありますが真実に辿り着きました!」
「自らの安全を犠牲にした真実に何の価値があるんだい?そして君はまだ分かっていない」
「……何をです?」
「……時間がない。君はとにかく行きなさい。君にはやってほしいことがある。堂山さんがまだ地下道を通じて裏の部屋で君を探している。万が一にも巻き込まれないように君から堂山さんに呼びかけるんだ」
「先生」
「行けるね?」
「はい」
「あとで話がある」
「……分かりました」
佐古下は今にも泣き出しそうな顔だった。齋藤は黙ったままそれを見ていた。
そして齋藤は霜村を睨んだ。
◆
「中庭へ行きましょう」
霜村の提案により二人は黙ったまま紫陽花が四方を囲む中庭へと向かった。二階一部からは煙が上がっているが、風の流れなのか、中庭へはほとんど影響はなかった。
「何故分かりましたか?」
齋藤が我慢できず問いかけた。
「そうですね。ヒントはいくつか転がっていました。河野さんは六月八日二十二時から六月九日二時の間に死亡していた。これは堂山さんが確認したことです。そして更に翌日十日になると河野さんが忽然と姿を消しました。死亡していたことが確認されたのに翌日姿を消したということは誰かの作為が働いているということになりますね。状況から見て自殺とほぼ断定してもよさそうにも関わらず、翌日死体を動かしたのは非常にリスキーでした。……ですがそうせざるを得ないことがあったのです」
霜村はこの期に及んで尚、新しい煙草に火を点けた。構築した論理をアウトプットするのにニコチンは原動力になる。
「河野さんの死体から時間が経過したことである特徴が出始めた。恐らくですが薬物中毒による特徴的な死斑が出始めたのではないでしょうか?最初は自殺と断定されるように死体を処理したのにも関わらず、死体を隠さざるを得ないのは他殺だと断定されるのを恐れたからではなく、他殺が自分の行為だと断定されることを恐れた訳です。貴方はあの秘密の部屋に河野さんを連れ立って殺害した。自殺に見せる為梁に縄を架けてそれっぽく偽造した。ですが、それは本来ならば直ぐに自殺ではないと断定されたことでしょう。河野さんの死体はあの時点でも顔面蒼白で鬱血の痕は見られませんでしたし、首吊りで縄が解けて落下したにしては仰向けで倒れているのはおかしい。物理的にあの距離を落下した場合、何度試しても俯せになりますから」




