九
何故ここに来ようとしているのか疑問が残るが、どうせ分かりはしない。彼(彼女)は静かに灯りを消した。
彼(彼女)は闇、いや黒と成った。
◆
堂山の肺はもう限界だった。メーターは振り切り、エンジンも上がる頃だ。足はガタガタで力が入らない。梯子を掴む掌もだ。つまり握力も著しく低下していた。
堂山はそれでも尚、猪突猛進に隠し部屋を目指した。
梯子を登り切るとそこは暗闇だった。持ち出した懐中電灯を壁に向け、スイッチを入れる。灯りが点って全容が見えた。
そこには何もない。あのときと変わらない。
梁に解けたロープが架かっている。壁際に中身のない木棚がある。河野の吐瀉物が作ったであろう滲みがある。
今来た扉がある。
それだけだ。
「何だっつんだ、おい!先生よ!」
堂山は壁にもたれかかった。体は限界である。火がこちらまで回ってきたら、今来た地下道を果たして戻れるだろうか。
そんな馬鹿馬鹿しい考えが巡った。
阿呆か。
堂山は独り突っ込み思考を振り戻す。
違う。
いや、そうだ。違うぞ。
堂山の動悸は過度な運動とは別の理由で早まった。
何故だ。前からなのか?
堂山は地下へと空いたままの穴を睨んだ。
何故この扉が空いている?
誰かがここへ来たということだろうか?いや、今じゃなくとも以前来た上で扉を閉めずに帰っただけかもしれない。
だが、霜村は何故ここへ迎えと指示したのだろうか?
堂山にはそれがどうしても分からなかった。
少なくとも霜村は何か知っている。
でなければこんな指示はしなかっただろう。
「ヒントもなしじゃ、俺には分かんねーぞ。くそ」
堂山は舌打ちをして梁に架かったロープを睨んだ。
◆
霜村は壁に背を預け、落ち着く為に煙草に火を付けた。
まだここまでは火の手は回っていなかった。
火災に遭っている最中、煙草の火を点けるなんてなんて愚かしい行為だろうか。
美味しくないはずのそれを吸って、でもいくらか落ち着けるのは煙草のせいだった。
そのとき扉は開かれた。
◆
「な、何故貴方がそこに?」
齋藤は今眼前にいる男の存在に驚愕する。
齋藤は引き摺るように佐古下を抱えていた。
霜村が煙草を吸って立っている。視線がゆったりと動き、そして齋藤を捉えた。
まるで梟に睨まれた鼠のようだった。齋藤は動けなかった。
「その子、解放してくれますね?」
霜村は優しく言った。
「ど、どうしたんですか?」
「大丈夫です。良いんですよ。僕はもう、分かりましたから。その子を殺す気はないのでしょう?だから今抱えている。この火事だけは想定外だった。もっと言うと佐古下君の行動も想定外だった。でしょう?」
「……分かりました。解放します。ですが保証してほしい」
「何をです?」
「貴方と二人で話をさせてほしい。そしてその後貴方は私を置いて館から出て行ってほしい」
「死ぬんですか?」
「そうです。死ぬんです」
齋藤は固い決意でそう言い放ち、霜村はそれを受けて煙草の煙をゆっくり吸って、そして同じようにゆっくりとした動作で吐いた。霜村と煙草の時の流れはその時だけゆっくり刻まれた。




