八
◆
堂山は廊下を走った。
齋藤と塩原、蒼野は先に館から出ている。既に二階片側の廊下は人が入れる状況になかった。
黒煙が轟々と押し寄せる。死が具現化し館内を這いずり回っていた。
死の元は染島の居室だった。南雲が火を放ったのである。
恋人と共に逝く、ということか。
死は独りだ。
どれだけ愛する者と過ごしていても最期は独りである。それを理解するには南雲には経験が足りなかったのかもしれない。
堂山は走り、霜村の居室、次いで佐古下の居室をそれぞれ叩いて呼びかけた。
「火が回ってる!放火だ!南雲が火を放ちやがった!」
息が上がっていた。煙草のせいか、はたまた歳のせいか。いや、煙のせいだ。
肩で大きく呼吸をして、気が付いてバルコニーのガラス戸を開け放った。少しでも有害な煙を外に出さなければならない。
そうした時霜村が居室から飛び出した。
堂山は振り向き、霜村を睨んだ。
「随分ゆっくりしてるな先生は」
「南雲君が?」
「そうだ。間違いない。……空いた穴から南雲の最期の声が聞こえた」
「佐古下君は?」
「今呼んだ。隣にいないのか?」
堂山は視線を佐古下の居室の扉へ向けた。そこへ霜村が身体を向ける。
「佐古下君!」
「どうした?いないのか?」
霜村は堂山の呼びかけを無視して、扉を拳で何度も叩く。そして直ぐに扉のノブを回して中へと押し入った。
堂山も続いて中へと入る。
霜村の背中越しに内部へと視線を走らせた。灯りが点く。一瞬の眩さから暗めの橙色へと変化し、居室内を照らす。
そこには佐古下の姿はなかった。
「お嬢さんは何処へ?」
「堂山さん」
霜村はいつの間にか振り返っていた。
「何だ?」
「お願いがあります。あの人を止めなければならない。あの地下道へと向かって下さい」
そう言うと返事を待たず霜村は駆け出して行った。
「お、おい!どういうことだ!」
堂山も後を追う。いや、一瞬の迷いも命取りだ。今は、霜村の言うことを優先することに努めなければならない。
刑事の本懐がそう告げていた。
何だか経験がある。
あの小娘もこんな感じだったな。
いや、少し違う。あの小娘はあのお嬢さんと似ている。
あれもこれも、自らが招いた訳では無いと自覚している。
それでももうこれ以上、ここで死人を出すわけにはいかなかった。
堂山は上がる息もそのままに歯を食いしばり駆けていく。
煙草、辞めようか。
実行もしないくせに、そう思った。
◆
「……」
彼(彼女)は無言のまま闇を見据えていた。
闇は安定している。淀みなどない。曇り無き一切の黒である。自らの精神が投影されているような色だった。
もう、思い残すことはない。仕事は成した。
目的は成就されたのだ。
あとは、そうだな。このまま死ぬのも一興かもしれない。
なんて思い独り苦笑する。
ふと下の方から物音が響いた。
彼(彼女)は空いたままの穴を見下ろした。姿はない。
だが、音がした。
「……んだっつうんだ……!」
堂山の声である。厄介な。これで終わりだと言うのに。
彼(彼女)は舌打ちをした。




