三
「先生はどうお考えですか?」
佐古下はコーヒーカップを持ちながら上目遣いに隣の霜村を見た。
「染島さんが自殺だったのは間違いない」
霜村は無表情だった。吐かれた煙草の煙だけが、輪郭を揺らしている。
「それは何故ですか?」
齋藤は眉を寄せていた。真剣なのか、はたまた疲れているのか。霜村は一瞬彼を見て、そして目を閉じた。
「窓の鍵は外からでは無理です。二階ですからね。糸のような物を挟んで、窓から飛び降りたとして、そもそも何の縁もない所から窓を閉めることすらできません。仮に窓をきちんと閉めながら飛び降りたとして、そこから何メートルも離れた所から糸を操作して鍵を掛けることなど到底できません。人間業ではありませんね。……次に扉の方ですが、あそこは廊下側には鍵の機構はなく、居室側からのみ鍵を掛けられます。その鍵はつまみを縦にすれば解錠、横にすれば施錠となります。しかし、そのつまみ自体半円を描くような丸みをしています。とてもではないですが、糸を引っ掛けて廊下側から操作して閉めることは不可能です。それら外部からの施錠が不可能な状況で、確かにあのときは鍵が掛かっていました。居室には抜け道のようなものはありません。換気口が窓の横に小さく開いているだけ。人が出入できる通路が存在しない状況で七輪で炭を焚いたというのを為せるのは一人、居室の中にいた染島さんだけです。よって他殺は有り得ません」
霜村は有無を言わさぬ態度で煙草の煙を吸った。
「なるほど。そうですね、確かに。とすればあの書き置きはやはり河野さんの死体に紐づいているものなのでしょうか?」
齋藤は肉付きの良い顎を縦に振っていた。
「それは分かりませんね」
霜村は煙草の灰を指で弾いて落とした。
佐古下は、日に日に張り詰める空気が冷たくなっていくのを感じた。人が間近で死んでいく。存在が消えていく。
存在とは何なのだろう?
存在とはあるもの。物、あるいは者。物理的にそこにあるもの、それが存在である。
では亡くなった人の存在とはどう定義するのだろう?現世には既に無い。失われているのだ。
亡いのであればそれは無い。つまり存在しない。
それならばここで亡くなろうが、現世で亡くなろうが結果は一緒である。
現世で亡くなっても、知らない人からすれば認知することはないのだから。
でも母の事を存在しない者と定義したくはない。
母は存在している。在り来りな考えかもしれないが、胸の中にいつでもいるのだ。佐古下は毎日、何度でもそう自覚する。
そしてこの狭間の世界に来るたびに思う。
ここで死ねば、母は私を忘れるのだろうか?
死んだあとの私は、母を覚えていられるのだろうか?
死んだあと、魂は存在するのだろうか?




