七
何故だろう。
本来なら自分の身と彼の身を案じるはずだ。
でもその瞬間は彼女を死なせてはいけない。
そう思う前に星奈は座席を飛び出し彼女の体を抱き止めた。
彼女は星奈の腕に抱かれ、初めて驚いたように暗褐色の瞳で星奈を見返した。
困惑の色が垣間見えた。
――どうして――
唇がそう動いたと思ったときには、さらなる衝撃が意識を吹き飛ばしていった。
◆
――私は死にたかった。
父は戸籍上存在しない。母とだけ静かに暮らしていた。
裕福ではなく、同級生が行くような遊園地に行ったり、泊りがけの旅行に行ったり、などはしたことがなかった。
一LDKの僅かな空間が母と私の居場所だった。寝るときは布団を並べて一緒に寝た。他愛もない話をしながら寝るのが日課だった。
友人は少なかった。なんなら周りの同級生は友人とよく遊び、恋愛の話で盛り上がっている。そういう意味では私に友人などいなかった。
私が友人と呼ぶ存在は学校という閉鎖空間だけの存在であり、学校から一度出れば、その友人と時間を共有することは殆どなかったのだ。
帰宅すれば家事が溜まっている。母はたいてい遅くまで働いていた。
私は母が帰宅するまでに掃除や洗濯物を畳んだりお風呂の準備をしたり宿題をしたりと時間が足りなかったぐらいだ。
それでも母が帰宅し「今日も遅くなってごめんね。ご飯食べようね」そう言って二人で食事をし、お風呂に入り、寝るまでの時間は私の中で唯一幸福と呼べるものだったのだ。
だから私が高校に上がるのとほぼ同時に、母が急病で亡くなったときは心が無になった。
母の葬儀の時の記憶はない。
天見正嗣はその後ややあってから姿を表した。
彼は私の父だと言い放った。理解できなかった。
天見財閥の彼のことはテレビで見聞きしたことがある。その彼が私の父だと名乗り出たのだ。
今まで母から父の話を聞いたことがない。
母が話したがらなかったこともあったからだ。
天見正嗣はこれからは共に暮らそう。と言った。
嫌だった。
だって今まで一般的には苦しい生活を強いられ、母と二人だけで生きてきたのだ。
そこに父が介入する隙などなかった。
それが母が亡くなりそこには隙間ができて、父と名乗る私にとっては他人が急に家族だと言い放っているのだ。
私の心は我慢ならなかった。
決して一緒には暮らさないと返すと、彼はそれならとマンションの一室と一人の執事を私に与えた。
品の良い高そうなマンションだったが、ここは檻だと思った。
結局は生活を共にせずとも天見正嗣の庇護の下母方の親戚から切り離され独り檻に閉じ込められたのだと。
――だから私は静かに死のうと。
母がいつか行きたがっていた、見たがっていた景色を目に焼き付けて死のうと、そう思った。
だから乗り合わせたバスが傾いて崖から落ちる瞬間、私はようやく母と再会できると、穏やかな気持ちで最期を迎えられると思っていた。
なのに彼女は私を死なすまいと全身を投げ出して、私を抱き止めたのだ。
「――どうして――」




