四
念を押すように霜村は佐古下へ瞳を向けた。佐古下は無言で固唾を呑む。それを肯定として霜村は話し始めた。
「まず首吊りというのは顎の骨に引っ掛かるように頸動脈に食い込んでいく。徐々に圧迫されていくと顔面が鬱血し血管が浮き出て迸る。数十秒後には脳に酸素が行き渡らず復活できないほどのダメージを受ける。全身に血液が行き渡らなくなるから、筋肉は弛緩し始め腸内の排泄物が垂れ流しになる。……ここまででまずどうかな?」
「河野さんは、……顔が青ざめていて、泡も吹いていました」
「そうだ。彼の様子はまさにそうだったね。……どうだろう?医者ではないけど、まず首吊りが原因で亡くなったのではないと思う。だって鬱血して真っ赤になるのではなく、何故か蒼白としたものだったじゃないか。……更にだ」
霜村は一呼吸置いて、続けた。
「首を吊ると、縄の輪っかを起点に首は前に曲がり前傾姿勢になる。その状態で縄が解けた場合、たった一メートル落下する際に身体が反転して仰向けになることなんて有り得ない。必ず身体は重い頭部が前掛かりに加速度がつくから何度試してもあの距離の落下じゃ仰向けではなく俯せになるんだよ」
「あっ!」
霜村は一度、それも佐古下よりもかなり短い時間しかあの場に居合わせなかった。それも間近に見て観察していた訳ではなかった。距離を保ったままある意味傍観しているだけのように見えるくらいだったのである。
しかし、彼は視認できる全ての情報を正確に整理していた。凄まじい観察力だと思う。佐古下は一瞬呼吸が遅れてしまったのに、意識しないと気が付けなかった。
「つまり首吊りも首の絞殺されたかのような痕もフェイクで殺害方法は別にある。河野さんは他殺で間違いないということですね?」
霜村は頷いた。
「じゃああのとき二人が聞いたという物音は何だったのでしょう?」
「それを確認したかった」
「物音が聞こえてからあの部屋に辿り着くまでは、多分二十分も掛かっていないと思います。物音は河野さんの死体を運んだときの音ということですね。そのとき犯人はバルコニーの下にいたんだ。……やはり運ぶ時間を考えると地下を通って運んだ説はほとんど有り得ませんね。どんなに効率良くできたとしても七十キロ程の物体を証拠も残さず二十分以内に運び出すなんて不可能です。もしその最中なら地下などで出会ったはずですね。つまりあの部屋には何かある、と」
「そう。そして染島さんだけでなく、彼女と一緒にいた南雲くんも物音を聞いていた訳だから、染島さんは関係ないか、関係あるけど河野さんの殺害には関与していないか、あるいは関与はしているが自殺偽造にだけ関与していないか」
「うーん。何だか複雑です」
佐古下は腕を組んで背もたれに寄りかかる。
「もう一度行きましょう」
佐古下は勢いよく立ち上がった。
「いや、僕はお腹が空いたからご飯にしたいね」
霜村は反対に緩慢とした動作で立ち上がり、思い切り背伸びをした。
「コーヒーを飲もう」
霜村は食堂の方へ向かったので、佐古下も仕方なくそれに従った。




