八
それは一瞬で霧散し空気へ溶けて消えていく。一瞬一瞬の思考と感情の連動で記憶は繋がっている。
美しいと思ったときには既にそれは過去である。
それは佐古下自身の主観でしかない。そもそも形容詞とは、主観でしか有り得ないのだ。美しいというのは佐古下自身の感性にのみ適用される言葉であった。
絵画を見て美しいと形容するかは個人のものに委ねられる。
「霜村さんだね」
蒼野が横から首を出した。佐古下は咄嗟に振り返り
「ええ。……先ほど別れたばかりだからお一人にしましょう。染島さんと南雲くんのところへ行きましょう」
佐古下は柔らかく微笑んだ。
美しさに感化され、佐古下までもそのような振る舞いをしなければ、と無意識のうちに表情に出したのだった。
◆
娯楽室はサロンよりも暗めの照明で、焦げ茶色のカウンターや椅子、赤茶色の大きなソファが二つビリヤード台を挟む形で配置されていた。壁紙は白かベージュか判別がつかない。
娯楽室の一番奥側の壁面上部にはシアター用のロールスクリーンだろうか。それが設置してある。
娯楽室の手前と奥では段差があり、一メートルほど奥のほうが低い。ラウンジから入る入口は娯楽室の左手前に位置しており、入った正面に奥に降りる階段がある。
降りた先には、一人がけと二人がけのソファが等間隔で並ぶ。ひと列に二人がけが両端に真ん中に一人がけが配置してあり、それが前後にある。最大十人までそこにかけスクリーンを見ることができる仕様だ。
ラウンジで飲み物だけ作り、奥の娯楽室で四人はビリヤード台を囲んでいた。
キューを握るのは南雲と佐古下である。染島と蒼野はそれぞれ休憩と称し、ソファに腰を埋めていた。
夕食までの時間は一時間半くらいあった。
佐古下は改めて染島と南雲に昨晩の状況を聞いた。
ここに来てから恒例らしいが、昨晩の夕食後、二人は南雲の居室で過ごしていたそうだ。
十九時に夕食を当番が用意する。いつもほとんどの者が前後十分以内には食事を開始している。
二人はその日も十九時直ぐには居たと記憶している。
塩原がまず食堂を後にしたのを見ていた。彼はいつも十分ほどで食事を終えて、食器だけキッチンのシンクに置いて自室に籠もっていた。
佐古下、染島、南雲、蒼野、河野の五人はラウンジに移り、めいめいにドリンクを用意しながらテーブルを囲んでいた。
解散は二十一時頃、五人同時だった。
ラウンジにはその五人だけだったし、奥の娯楽室にも誰も出入りはしていないだろう。
ラウンジを後にしてからは佐古下は自室に籠もったし、河野もその時は自室に入ったのを確認している。隣の蒼野のことももちろん見ている。反対側の廊下の染島と南雲の別れた直後の様子は確認していないのだった。
聞く限りだといつも通りの行動であった。しかし恋人同士の証言は当てにできないし、アリバイはない。と言わざるを得ない。
そもそも河野と蒼野も居室に入った瞬間は確認したが、その後出ていったかどうかは分からないので、結論蒼野もアリバイはなかった。




