七
「河野が死んだらしいな」
塩原は無表情で言った。無精髭が半分サンタクロースへ片足を踏み入れているようだった。彼は丁度二階から降りてきたタイミングだったようだ。
そのままサロンの方へと向かおうとしたので佐古下は呼び止めた。
「あの」
呼びかけてから数歩歩いて、そこで塩原は振り返り佐古下へと濁った瞳を向けた。音声信号が遅延しているようである。
「……なに?」
蒼野は黙っていた。
「昨晩二十二時から翌日の深夜二時の間、何をしていましたか?」
佐古下は思い切って聞いてみた。こんな時でしか塩原と話す機会がないと瞬時に判断した為だ。
「ん?」
「あ、ですから昨晩……」
「昨日は呑んでたな」
塩原は思い出したように天井を見上げた。眉がぐっと上がる。その眉もよく見ると無精だった。黒と茶と白が五対三対二で混じっている。
「お一人で?」
「いや、齋藤さんと一緒だったな」
それは意外な情報だった。佐古下は僅かに目を見開いた。
「齋藤さんと?」
「ああ、その奥の部屋で。途中までは堂山も居たけど、アレは確か気分が悪いとか言って途中で抜けてな、確か九時ぐらいだったな。それから数時間は呑んでいて、部屋に戻ったのが三時前だったから丁度その時間は齋藤さんもずっと一緒だったね」
塩原が奥の部屋と視線を送ったのはサロンだった。
「えっと昨晩確か二十時過ぎには食事はお開きになったと思います。その後場所を移してサロンで三人で呑み始めた?」
「ああ、そうだ」
「それから一時間ほどしてまず堂山さんが抜けた」
塩原はほんの何ミリか顎を引いた。頷いたのだろう。
「それから更に塩原さんと齋藤さんは五時間以上も呑んでいた?お二人でずっと?」
佐古下にはものすごい疑問だった。人と成りを知っている訳では無いが齋藤と塩原という組み合わせで長時間呑みの場が成立するのが想像できなかったのだ。
それを分かってか、塩原は頬を掻きながら言った。
「あのおっさん呑み始めるとこれが凄い陽気でよ。ベラベラずっと喋ってんだ」
塩原は思い出して鼻で笑った。彼もこの閉鎖空間で、きっと慣れない共同生活に身を置かれてまいっていたのもあるのだろう。一度酒を酌み交わしたことでそれが緩和した。そんな表情が彼からは垣間見えた。
それも一瞬のことで直ぐに無表情になる。
「で?河野は誰に殺されたんだ?」
「え?」
「だって俺に今アリバイ聞いたじゃねーか」
「それはまだです」
「ふーん」
塩原は最後は無関心になってその場を後にした。意外と言ったら失礼だが、彼も考えていることがあるのだ。と佐古下は思った。
中庭の向こうでは立ち尽くす霜村が見えた。雲に遮られた薄明かりの中、紫陽花に囲まれ煙草を咥えている彼の姿が、全ての思考を一瞬で端へ追いやる。
美しいと形容した。
この状況。
この場所。
霜村。
紫陽花。
曇天。
館。
それら全てがこの瞬間噛み合い、ほんのコンマ数秒、美しいという状況を生み出した。




