四
「つまり以前は現実世界にあったけど、いつの間にか狭間の世界に転移しているってこと?」
「はい」
「何故現実世界の人たちはそれに気が付かないんだろうか?」
「この狭間の世界は現実世界から存在を保留されているものと消去されているものが混在しているんです」
霜村は煙草を灰皿に押し付けて再びコーヒーを飲む。
佐古下も倣ってコーヒーを飲んだ。足を組んで膝を抱えるように手を置く。背もたれにゆっくり寄りかかり一呼吸した。
霜村は何も言わない。佐古下が続きを話すと分かっているからだろう。
「この狭間の世界を創り出した瞬間に存在していたものは存在がそのとき消去されます。キャッシュを削除しただけじゃなく、メモリからそのデータごと削除して検索エンジンからも消し去ったようになります。現実世界の人はそれを思い返すことも検索することもなくなります。無くなったことにすら気づかなくなるんです。……そして保留されているものとは、私達のような存在のことです。……私達はまだ生きています。現実世界に戻ることは可能であり、死後の世界へ行くことは保留されています。しかし、この狭間の世界で死ぬと現実世界からはデータごと消去されます。つまり誰の記憶にも残らなくなる。世の中の行方不明事件事故が数年経って、数十年経って人々の記憶から消えるのはこの狭間の世界のせいだと私は思ってます」
「つまり河野さんはもう現実世界では消去された存在になったってことか。でも僕達の記憶には、まだ彼のことが残っている」
「はい。同じ狭間の世界で一緒だった人だけが、そこで命を落とした人を記憶し続けられるんです」
「君はそれを知るのに、どれだけこの狭間の世界に訪れたことがある?」
「今回で四回目です」
「何故狭間の世界に何度も?一度訪れると入りやすくなることがあるのだろうか?」
「それも、……あるかもしれません」
「……その返答はその側面もある。という意味だね?」
佐古下の正面で、テーブルを挟んで霜村は睨んでいた。双眸がまっすぐ彼女のそれを捉えて離さない。
「はい。私は、……狭間の世界が関わっていそうな事件事故の土地を回っています」
「君は、死にたいのか?」
「いえ、違います。私は――」
そのときサロンの入口、食堂ではなく廊下から人が入ってくる気配がした。
二人は同時に振り向いた。
「ああ、ここにいたんだ」
蒼野だった。二人は真剣なモードを解いて彼女をテーブルに迎え入れた。
蒼野は微笑もうとしていたが、口元が歪んだ程度で、目元や眉ではそれを表現することを失敗していた。
「……河野さんのこと、聞きました」
「堂山さんに?」
「いえ、染島さんと南雲くんとたまたま廊下ですれ違って」
そういえば彼らは何処にいるのだろう。霜村らが来たときは二人は姿を現さなかった。後で会いに行こう。
「蒼野さんは昨晩河野さんに会いましたか?」
「いいえ。晩御飯のあとはもう眠くて」




