一
佐古下は南雲と染島二人に人を呼んできてもらうように伝えて一人残った。
河野の様子を覗く。首には紐などの細いものが巻き付いていたような痕が残っていた。天井のロープによるものだろう。ロープが一本、梁に片側を巻き付け、もう片側を垂れ下げた状態。見たところロープが解けて、河野の体が落下したような状況と取れる。
縊死であろうことは見て取れた。
右奥の角にに空の木製の棚が置いてある。そこから梁に登ってロープをかけたのだろうか?
その他にはこの空間には何もない。
河野の死体と、穴と、棚と、ロープだけだ。
河野には血の気がない。死んでから暫く経っているような状態に見えた。
佐古下は内心興奮していた。それは猟奇的なものではないと自認する。決して人の世の理を逸した、内在的なものではない。
この状況に出くわせば大抵の人は思考が停止し、混乱や恐慌状態に陥るだろう。
佐古下の場合はそれがない、というだけである。
佐古下の神経は集中していた。
何故河野はここで倒れているのだろうか?佐古下の疑問はまずここから派生していく。
そもそもここに来た理由は何だろう?見渡しても出入り口は無い。この地下からの穴だけである。
建物からかなり離れた扉から梯子を降りて更に歩いて梯子を登る。その上真っ暗なここへ向かう。理由がなければ有り得ない行動原理と言える。
たまたまここへ来た、というのは牽強だと思った。
動機は不明だが河野はここでロープを使って、自ら死を選んだ。何故?自室ではいけなかったのか?誰にも悟られたくなかった?いや、それならば館の外は樹海である。数百メートル進めば誰にも見つからない。
この場所に理由があったと考える方が自然である。
染島と南雲が聞いた音はロープが解けて、河野の体が床に落下した音だろう。二メートル四十センチほどの高さの梁に、短くロープを括り首を吊るす。
河野は目算で百七十センチメートル。六十センチメートルほどの距離を六十五キロ程の物体が落下したということになる。既に死んでいただろうから落下の衝撃を和らげようなどという行動もない自由落下だったはず。それを二人が聞いたということだ。
本当に自殺なのだろうか?佐古下は鈍い痛みが続く小指を擦りながらゆっくり歩いた。足の痛みは引いてきた。
霜村に見せたあのノートがどうしても気になった。
――必ず報いを――
河野が誰かに殺された、ということはないだろうか?
他殺を偽造するために梁にロープを巻き付けた。殺害の凶器はもちろんそのロープである。
いや、待て。思考を先へ先へと進める佐古下を、別の佐古下が止めた。思考を発展させ暴走する佐古下と、冷静に判断を下していく佐古下と、それぞれが瞬時に思考の主導権を切り替える。
他殺だとしてどうやって河野の体をロープに括ったのだ?
仮に六十五キロだとして、死んで脱力した河野の体はとてつもなく重く感じるだろう。道具を使わない限り女ではとても無理な作業だ。男でも余程屈強でないと難しいだろう。可能性があるとすれば南雲か塩原くらいか。




