十二
金属が擦れる音を立てながら、扉は向こう側に押し開いた。先の空間は全く光の差し込む余地がないようで、指に引っ掛けた懐中電灯の漏れる灯りだけが光源だった。
扉が完全に開いて、床に倒れ伏した。僅かに埃が舞って、それは懐中電灯の灯りを前にチラチラ舞い落ちる。
佐古下は手で上体を持ち上げて床に下り立った。
右手で持った懐中電灯を左右に振る。
それは、そのとき一瞬映る。幽世の亡霊のように。
懐中電灯の灯りを受け、鈍い光を発した二つのビー玉のようなものが見えたのだ。
「きゃ」
佐古下は無意識に後退る。そこは口を開けた穴だった。体制が崩れる。瞬時にそこが自らが上がってきた穴だと理解した。電気信号の伝達が危険を知らせていた。
脳まで伝達される前に、伝達部隊のチーフである脊椎が臨時の指示を下す。掴め。と。
佐古下は咄嗟に両手を伸ばし、落下を始めた体を押し止める。ほぼ同時に足が梯子に当たり、落下は免れた。金属に体が当たる音が響いた。
体は半分穴に落ちており、腹部を強く打ち付けていた。また、右足の脛もジンジンと熱い。懐中電灯を持っていた右手の小指が床と懐中電灯に挟まれていてこちらも強烈に痛んだ。
「さ、佐古下さん?」
穴の下から染島の声がする。
「う、……じょうぶ」
息が詰まりほとんど言葉にならない。何とか体を上げて、床へと這い上がる。痛みは響くばかりだが、佐古下はそれに灯りを向けた。
人が泡を吹いた状態で仰向けになっていた。
瞳孔は押し開かれ、天井の木目を見ているように一点から動かない。いや、そんな現実的なものを見ている視線ではなかった。人の顔ならざる顔が、仰向けに虚空を捉えていた。現世には既に向いていないようだった。
「佐古下さん?」
佐古下が懐中電灯を人の顔に当てていると、暫くして南雲が上がってきた。
彼の視界にもそれが映った。
「うわあっ!」
南雲は梯子を掴んだまま、顔だけ出した状態で、目の当たりにする。
「こ、河野さん?な、なんで」
佐古下は無言のまま首を横に振った。当然南雲には見えていない。灯りもなければ、意識は完全にそちらに向いているからだ。
佐古下は辺りを見回した。右手側の壁面にスイッチが見える。歩く度に右足が軋む。折れてこそいないようだが、大きいアザくらいにはなりそうだ。彼女はそれを押した。
一瞬のまばゆい灯りに視界が奪われるが、豆電球の灯りは直ぐに橙の弱い灯に落ち着いた。
南雲が手を貸して染島を引き上げる。彼女も絶句した様子で口元を押さえていた。
そこは狭い空間だった。床、壁面、天井、どれもが濃い色の木板でできており、体重移動だけで軋む音がする。天井までの高さはおよそ二メートル強。
天井には梁が通っており、そこには御誂え向きに縄が括ってあった。河野はその下に仰向けで倒れているのである。
佐古下は懐中電灯の電源を切り、河野に近づいた。
蒼白な河野の表情を見る。泡を吹いていて、口からは吐瀉物が僅かに床へと広がっていた。
生命が事切れた後の魂の器。死体だと言うことは一目で理解した。
もはや確認するまでもなかった。




