六
シャワーを止めたときだった。
「……せいっ!」
居室の方から、いや正確には廊下だろう、女性の声がすることに気がついた。
扉を叩く音もする。霜村は仕方なく、体を拭うのもそこそこに洗面室の扉を開けた。
「今シャワーを浴びていました。ちょっと待ってもらえますか」
「先生!」
どうやら佐古下のようであった。霜村は溜息をついてから身支度を整える。その時間五分ほどである。
霜村は鍵を解錠して扉を押し開けた。
「君ね、朝から……」
「先生来てください!」
佐古下は明らかに興奮している様子だった。
「どうしたの?」
「先生に見てもらいたいものがあります」
佐古下は霜村の手を取って歩き出した。
◆
書斎には所狭しと書籍が詰め込まれていた。申し訳程度の換気用の小窓はかなり上に設置してあるが、採光は期待できないだろう。扉と窓部分以外は全て本棚になっていて、歴史書や学術書などが大半を占めているようだった。
本屋で一般人が手に取る類のものとは具合が違った。
佐古下は誰もいない書斎に入ると、霜村も後に続いた。
「それで、なに?」
「これを」
そう言って佐古下は一枚の新聞記事の切り抜きが貼られたノートを手渡した。青い表紙の五ミリ方眼ノートであった。
【長野県山中で子供の白骨遺体。三年前の行方不明事件との関連性は?】
「これ、覚えてるよ。このときも神隠しだって記事になっていたね」
霜村の云う記事の内容とは、六年前に発生した女子小学生の行方不明事件のことである。行方をくらました三年後に、子供の白骨遺体が見つかったのだ。
ミトコンドリアDNA鑑定の結果により、それは行方不明となった結城真織美ちゃんと断定された。
「そのノートの最後のページを」
「最後のページ?」
霜村はノートを一旦閉じてから、最後のページだけをめくった。
最後の方のページだけが破られていた。他のページは折れ目もなく綺麗に閉じられていたから余計にそこだけ目立つ。
「その鉛筆は私がやりました」
黒く塗りつぶされたページに、筆圧の痕が字として浮かび上がっていた。
――必ず報いを――
「必ず報いを。どういうことでしょうか?」
「これがここから脱出する為のヒントってこと?」
「分かりません。でも今まで捜索している中でようやくそれっぽいものがあったので」
「それっぽい、作為的なものってことだね?」
「何か感じますか?」
「感じるって、また心霊的な物言いをするね」
霜村は鼻を鳴らした。笑ったのだ。佐古下は久しぶりに霜村の笑みを見て嬉しくなった。
「そろそろこの世界に感化されてないかな、と」
「そんなものは感じないね。でもこのノートは最近のものだよね。販売元のNがこのノートを販売し始めたのは令和に入ってからだから」
「元々ここに保管されていた可能性は?」
「その線は薄いと思うね。平成以前のNは五ミリ方眼ノートの基本の色を黄色にしていたから」
「そんなこと覚えてるんですか?」
今度は佐古下が鼻で笑った。




