三
ベッド脇のサイドテーブルには陶器でできた灰皿も置いてある。霜村は自然と煙草の箱とライターをその近くに置いた。
「一昨日からです」
「神隠しとは行方不明と同義だ」
霜村はそう言った。佐古下は何も答えず、ベッドに腰を下ろした。
「僕は戻るルートがなくなったのを見た。間違いない。自分が歩いてきたルートがそこで途絶えていたんだ。岩が滑落して道を遮ったとかじゃない。空間的に違う場所に転移されたかのように道という道が遮断され、残されたのはここまでのルートだけだった」
「導かれたんだと思います」
「導かれた?」
「先生はあまり耳を傾けてくれませんでしたが、過去にもこのようなことがあったと私がお話したのは覚えていますか?」
「いや」
「先生は幽霊とか信じますか?」
「人の心や思考は全て電気信号だ。脳から発せられる信号の波長によってもたらされる現象だね。幽霊というのが実態を持たないものならそもそも電気信号自体が発生しない。思考や心などが発生する発生源が存在しないということだ。例えばモスキート音というのがある。人が聞き取れる周波数は、二十Hzから二万Hz。加齢と共に高い周波数は感知できなくなる。一般的にモスキート音は一万八千Hzと言われているから、十代か若しくは二十代の若い人にしか聞こえないとされている。実際僕にはモスキート音はもう聞こえない。もし、何らかの感知できない周波数や電気信号が特定の人だけ受け取れる特異体質だとして、そういった人がそれを幽霊と広義で解釈しているかもしれないね」
霜村は授業の解説のように淡々と語った。
「先生は特異体質ですか?」
「いや、違うと思うね」
「と思う?」
「そりゃ調べたことないもの。明確に判断はできない。少なくとも今までそういった現象に遭い、その現象を心霊現象と解釈したことはないね」
佐古下は腕を組んでベッドに腰を埋めた。
「私も特異体質ではないと思います。でもこうやって何度も経験してしまってる。これは何と説明がつくんでしょうか」
「分からないね。でも非常に興味深い」
「私のことが、ですか?」
佐古下は嬉々として腕を解いて腰を浮かせた。
「違うよ。この現象が、この土地が、だ。まあ君がこの現象を招いている超特異体質と云うのであればそれはそれで興味深い」
「先生は私自身に興味はないんですか?」
佐古下はわざとらしく頬を膨らませた。霜村はそれを一瞥する。
「君自身への興味ねえ」
「……あの、そうやって考えこまれると傷つくんですけど」
佐古下は瞼を重くして霜村を睨んだ。
◆
その晩のこと。霜村は南雲と一緒に夕食の準備をしていた。担当制ということで手際の悪い南雲を慮って手を挙げたのである。
備蓄倉庫には山のように食料品が重なっていた。錆びついたラックには様々な缶詰が所狭しと並んでいた。




