二
霜村は何事もないように言った。
ジャケットを脱いで、開けっ放しの玄関の軒先で露を払う。佐古下は背中で左肘を右手で掴みながら霜村の横に立っていた。
「先生はなんでここにいらっしゃるのですか?」
佐古下は首を斜めにした。霜村は一瞥してからジャケットを羽織り直す。佐古下を横切って玄関扉を再び潜り、そのまま玄関ホール中央まで歩いた。
「ここ、誰かいるのかな?」
佐古下の質問を無視した。
「家人はいないようです。記事になっている人は全員ここにいます。それ以外はいません」
佐古下も別段気にせず答える。
「君はやっぱりその記事を追って来たんだね?」
霜村は振り返って佐古下を睨んだ。佐古下は肩をすくめてゆっくり霜村に近寄る。
「駄目ですか?」
「駄目とは僕からは言えないが、周りへの迷惑も考えたほうがいいね」
「すいません」
佐古下は少し納得できなかったが、霜村の言う事も理解はできる。個人の意思は尊重されるべきだが、その人の持つ立場や周辺の人への配慮はあって然るべきだからだ。その点は佐古下は異議はなかった。
「さあ、帰ろう」
「帰れません」
霜村は目を細くして佐古下を見る。
「帰れない?」
「帰りたくない訳じゃなくて、帰れないんです」
「物理的にってことだね?ここ、電話ないの?」
霜村は玄関ホールを上下左右見回す。首だけがグルグルと動いていた。
「あの」
「なに?」
「ちょっとこちらに来ていただけますか?」
佐古下は霜村を連れ立ってサロンへと向かう。そこにはまだ堂山と河野がいた。
「こんにちは」
霜村は二人と簡単な初対面の挨拶を済ませた。二人が煙草を吸っているのを確認すると胸ポケットから煙草を取り出し火を点けた。
佐古下が堂山と河野の第三者を交え霜村に状況と経緯を説明している間、彼はずっと天井を見つめたままだった。説明は理路整然としており、説明に不足はなかった。
「……なるほど、ここには電話はないんですね?」
霜村は堂山に聞いた。
「ああ、ないね。携帯も圏外だし電源もないから充電も空だ」
堂山はそう言ってグラスの中を空にした。昼間からアルコールを摂取しているようだ。
「なあ、あんた」
反対に堂山が呼びかけた。
「はい。何でしょう?」
「煙草余ってたりしないか?」
◆
霜村は佐古下と共にサロンを後にして空いている居室へと向かった。佐古下の隣の居室で、一番奥、バルコニーの隣の居室だった。
窓が二面に設置してある。他の居室よりも採光は取れるようだ。
木目の焦げ茶色の床板と薄い花柄の壁紙、天井は幾何学な模様が走っていた。二十畳はある居室にはベッド等の一通りの家具は揃っていた。右手側にも扉があり、そこの奥は洗面室、その更に左奥はシャワールームで反対側はトイレだった。
「君はいつから?」
霜村はソファに深く背を預けて、サロンから持ってきたコーヒーを啜る。まだ少ししか飲んでいないが、既に温くなり始めていた。




