一
「地縛霊とかってこの世に未練とかがあってその土地に縛られるって感じですよね?」
染島は上目使いで佐古下を見た。そのときには佐古下の表情は平静に戻っていた。
「それがその土地、その建物、その地域に強く定着して負の連鎖で怨念が蓄積されると、辺り一帯が現世と霊界の狭間に閉ざされる。ネットでそういうの見たんです。だから私ピンときました。ここがそれなんだって」
佐古下は知らなかった。その世界のことが僅かでも世の中に認知されていることを。
佐古下はほとんど静かにコーヒーを飲んでいた。
◆
そのときはこれは運命的な出会いだと思った。いや、再会と言うべきか。
更に一日経過した後だった。
つまり佐古下が行方不明になってから(この瞬間から行方不明になった。というのはおかしいが、遭難した日を初日として)三日目の朝だった。
ほとんど退屈し始めた佐古下はそのとき玄関ホールのソファにて中庭の紫陽花をぼんやりと眺めていた。両手には温かいコーヒーを持ちながら。窓ガラスには時折水滴が縦に走る。
雨が降り始めていた。朝から曇天であった。昨日まで晴れていたのが今日は一転灰色の雲が絵筆で画用紙にべったり塗りたくったみたいに広がっていた。
起きたときには雨が若干降り始めているのは分かっていた。こんな日には理由もなくセンチメンタルになる。感傷的とも言うべきか。何となく下がった気持ちのままに、雨と紫陽花を同時に見られる玄関ホールで過ごしたい気分だったのだ。
佐古下一人だけの空間。雨が窓を叩く音は徐々に強くなっているようだった。思えばどちらの色か判別がつかなかったが、紫陽花は全て青色だった。
突然玄関ホールの玄関扉から軋む音がした。今館内の全ての人間は居室かサロン、娯楽室の方に居るはずだった。よく外で煙草を吸っている河野も、今日に限ってはサロンで堂山と灰皿を共にしていた。
佐古下は首を回して玄関扉を見た。
「すいません」
僅かに空いた扉の隙間から男の顔が覗く。前髪が濡れていた。
「ああ、良かった。人が居るんですね。申し訳ありません。一雨降られてしまいまして、ちょっと雨宿りさせていただけな……」
佐古下はコーヒーをソファ脇の丸テーブルに置いて立ち上がった。身体ごと振り返り玄関扉から姿を現した新しい来訪者を見据える。
男は表情を固めたまま、ゆっくり身体を滑り込ませた。
長身に黒のジャケットとスラックス、グレーのタートルネック。やや面長で彫りの深い眼窩に収まった眼が鋭くも優しくも見える。レンチキュラーのような面持ちだった。不思議な魅力を持つ容姿である。
「先生!」
佐古下は走っていた。飛び込んだ胸は湿っぽくて煙草と柔軟剤の香りが混ざっていた。
男の手が佐古下の肩に伸びる。引き剥がされて佐古下は下から男の顔を見上げて満面の笑みで微笑んだ。
「私雨だから落ち込んでました。けど今日は凄く良い日みたいです」
「そうかい?僕は稀に見る厄日が続いていると思ったけど」




