三
繁忙期に向けた前兆のような静けさ。時折鳴る靴底の踏み鳴らす音。
アポを取った黒姫童話館館長の話は記事とほとんど同一であった。新たに得るものはなかった。
絵本作家の蒼野は、こちらに仕事の取材で訪れていたようで、行方不明事件の話は一切でなかったようだ。
大きく報道されるようになったのも高校生二人同時に消失してから間も無くであり、蒼野がそこから行方不明になったのもおよそ一週間経過後であった。
出版社の仲介により決められた日時だったようなので仕事のキャンセルにまで及ぶこともなかっただろうし、問題にしていなかったのだろう。あるいは作家然として外界の情報へと視野を向けていないのか。
蒼野はそこからどこに向かうとも館長とは話していなかったようだ。
斑尾山。黒姫山と並ぶ信濃町の雪山である。冬の時期にはスキー場も開放される。
霜村は何処となくその方面をぼんやりと眺めながら黒のカムリのキーを解除した。霜村の愛車である。口には既に煙草が咥えられていた。
昨今の喫煙者の追いやられ方は顕著だった。結局施設内で吸えそうな所はなく、喫煙車である愛車へと戻ってきたのだ。
駐車場まで来れば、館内よりも人は疎らだった。
本来なら車内で喫煙するのがマナーだろうが、心地良い空気の中で吸いたい気分だった霜村は運転席から灰皿を取り出し、ルーフに置いた。
百円ライターで煙草に火を点ける。吸い込んだ煙が脳の血管を刺激した。膨張したのか収縮したのか、おそらく何れでもないのだが、霜村はそう感じた。
何故こんなことをしているのだろう。自分の行動が滑稽であるとさえ思えた。いや、その実そうなのだ。
依田原の話では佐古下は有形文化財である藤野屋旅館本館へ行く予定だったそうだ。明治四十三年に竣工されたこの建物は木造二階建ての切妻造鉄板葺の旅館である。
文化財やそれに基づく地域調査だったのだろう。依田原は民俗学や文化学に興味があるわけでもないだろうから佐古下がそこまで詳しく伝えているとは思えない。
そもそも二人の交友関係も、つい先日の依田原からの相談で知ったばかりである。
藤野屋旅館本館へは先に足を運んでいた。
確かに佐古下は一人で宿泊していたそうだ。六日前のことだ。
この地方で多発している行方不明者は現在七人。
齋藤、染島、南雲、塩原、蒼野、河野、そして堂山の七人である。
堂山が行方不明になったとされるのは六日前である。
佐古下のことは報道されていない。ほぼ同時期に同じ地方で行方不明になっているにも関わらず、だ。
霜村は知っていた。
佐古下には特殊な事情があった。それ故メディアには取り上げられないのだろう。
霜村はそろそろ落ちそうな灰を灰皿に落とした。
滑稽である。霜村は自分のことをそう評価する。馬鹿馬鹿しい行動原理だ。佐古下の行方を追うことに得るものなどないはずだった。




