二
暫く見ていたが変化する光景は訪れない。佐古下はスマホを見て時間を確認する。
もう十八時半は過ぎていた。それと同時に圏外表示が見て取れた。試しに自宅に掛けてみるがコールすらしない。背負ってきたリュックサックのサイドポケットにスマホを差し込んで、佐古下は左右の廊下を見た。
どちらが、ということもなかったが左側の廊下から見てみることにした。廊下を真正面から覗くと奥はかなり長く続いていた。二十メートルは続いている。明かりも奥に行けば行くほど暗く見えるのは錯覚だろうか。
右手には腰の高さから窓が並び、中庭を眺望できるようになっている。左手には水彩による風景画が等間隔で飾られていた。
数メートル先には左手に更に折れる廊下が見えた。
そこまで辿り着き続く廊下と折れる廊下を見比べる。折れた廊下の先からは明るい光が漏れて足元付近まで照らしていた。両開きの扉が僅かに開いており、そこから針のように明りが漏れていたのだ。
佐古下は迷わずそちらへ向かった。
◆
堂山心はサロンでウイスキーを片手に煙草の煙を燻らせていた。
二階まで吹き抜けになっている天井を見上げ、煙を吐き出した。
全く厄介なことになった。
堂山はそう思った。奴を追って来たつもりが、結局自分自身も遭難に遭うとは考えなかった。いや、遭難ではない。これは何だろう。狐につままれる。とでも言おうか。
自分の身に起きたことが堂山には理解できなかった。
北陸新幹線で長野まで訪れ、タクシーを拾って戸隠連峰の麓まで向かっていたはずだった。途中朝早くからの行動だったからか、居眠りしたのは認めよう。
堂山が次に意識を取り戻したとき、タクシーの運転席に収まっていた禿げかけの中年の男は忽然と姿を消し、辺りは深い霧がかかっていた。外界から遮断されたかのような光景だった。意識がレム睡眠の海を彷徨い、夢を見ているような。初めはそんなぼんやりとしたものだった。
タクシー自体は車道の路肩に停められていたが、エンジンはまだかかったままだった。鍵も当然刺さりっぱなしである。
運転手はどこに行ったのだろう。手元のスマホは圏外だった。時計と電卓、メモ以外の役割を放棄していた。堂山はそのときかなり苛立ったのを覚えている。
埒が明かないのでタクシーを無賃乗車で乗り捨て、結局どこをどう歩いたのだろう。気がつけばこの館に辿り着いていた。
長野県で行方不明が多発していたのは知っている。自らも当事者になってしまった。
堂山が当事者になったと断定しているのには理由があった。
大往生した煙草を灰皿に押し付け看取ると、ウイスキーのグラスを傾けた。
ふとサロンの扉の蝶番が軋む音が聞こえて、堂山は振り返った。
◆
STAFFONLYと記された扉を内側から開ける。
世界各国の童話の絵本が飾られている展示フロアが霜村の眼前に広がる。
土曜日だが人の数はまばらだった。秋桜のシーズンでもないから観光客の数も少ないようだ。




