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第40話「救援」

 隣の集落が襲撃を受けている事をシシュポスから報告されたペロピダス将軍は、すぐに共に宿泊する神聖隊の兵士隊に呼集をかけ、出陣の準備をさせた。


 出陣準備の早さは、軍隊の練度を示す指標の様なものだ。テーバイでも随一の精鋭部隊である神聖隊の準備は、すぐに完了した。だが、デミトリアスが一人先行したのを見送ったシシュポスは、安否が心配で仕方がない。


 武装を整えた神聖隊は、松明を手に行進隊形を組み、速やかに行軍を開始する。行軍と言っても、歩いているのではない。隊列を組んだまま走っているのだ。


 隊形を崩さずに駆け足をするのは非常に難しい。走る速度は兵士それぞれ違うし、武装した状態ではその重さのため、揃えようとする努力が無駄になる事の方が多い。そのため、古代ギリシアの軍隊がファランクスを組んだ時、基本的に移動は歩きとなる。これが仇となって、敵に接近するために時間がかかり、弓や投石等の遠距離攻撃を延々と受け続けて被害を拡大させる事すらある。これを防ぐためには、移動を早くすればいいのは誰でも分かっているのだが、それでも隊形を崩さずに走る事が困難であるため、実行する軍はごくわずかだった。


 そのごくわずかの例はスパルタ軍である。スパルタ軍は幼少の頃から厳しい戦闘訓練を重ねてきているため、軍の全員が重装備であっても難なく走る体力を持っているし、生活の全てが戦闘訓練にあてられているために隊列を崩さず連携して走る事が出来るのだ。


 隊形を組んだまま走るのが難しいのであれば、出来るまで訓練すればよいと言うのは、単純明快勝つ脳筋な発想だが、世の中こんなものだ。そして、一般市民が主力となる他のポリスの軍では、同じ様な事は基本的に不可能だ。


 だが、ここに例外が存在する。神聖隊はスパルタ軍の兵士と同じく、軍事の専門家だ。戦闘訓練だけに集中できるため、連携を保って走る事が可能だ。特に彼らは皆同性愛の恋人同士であり、息はピッタリである。恋人同士では無い者達も、同性愛者同士という連帯感からその団結は固い。


 それに加えて、以前神聖隊ではテーバイからデルポイの神殿までの470スタディオン(約90km)の超長距離走を完遂した。目視できるくらい近い隣の集落まで走るなど、例え武装していたって容易な事なのだ。


「将軍、松明を持ったまま近づいて、大丈夫なんでしょうか? 我々の接近がばれてしまうのでは?」


 神聖隊の先頭を行くペロピダスのすぐ後ろを走るテセウスが、疑問を投げかけた。松明の明かりのおかげで確かに走りやすいが、敵に発見されてしまう可能性が飛躍的に高まる。発見されたなら敵は迎撃態勢を整えてしまうだろう。


「構わん。今は奇襲効果よりも、機動力を高める方が重要だ。罪無き民の集落が襲われ、仲間が殺されているかもしれんのだ。一刻も早く辿り着くのが重要だ。それに、我々の接近に気付いた敵は、それで危険を感じて離脱するかもしれない。ならばそれで良しだ。殲滅するのが重要ではないのだからな」


「なるほど、そうでしたか。私の考えが足りませんでした」


 テセウスは、ペロピダスの返答に素直に納得したし、すぐ隣で聞いていたシシュポスはペロピダスの冷静な判断に感服した。単に敵に対して有利に戦うだけなら、テセウスの言う通り夜の闇に紛れるのが有利である。だが、それで味方の被害を増やしてしまっては何にもならない。神聖隊と市民軍の間に精神的な亀裂を生じさせる恐れがあるし、民の信頼を損なう可能性がある。


 テーバイ周辺のボイオティア地方は、少し前までスパルタの支配下にあったが、ペロピダス将軍やエパミノンダス将軍の戦いにより解放されている。だからこそ彼らはテーバイに協力してくれているのに、それを見捨てるような事をしては今後の協力が危ぶまれてしまう。テーバイは頼りになると思ってくれてるからこそ、協力してくれているのだ。


 加えてシシュポスには、急いで欲しい事情があった。デミトリアスが一人救援に向かっている。デミトリアスは精鋭中の精鋭で、無理な戦いをしなければ命を失うような事は無いはずだ。だが、戦いに絶対は無い。少しでも早く助けに行きたいのだった。


 例え、直前まで言い争っていたのだとしても、デミトリアスはシシュポスにとって大事なパートナーだ。決して失いたくはない。


 もっとも、先程のペロピダスの考えからすると、デミトリアスは本格的に敵と戦闘していないかもしれない。何故なら、救援が来たと思わせるだけで敵は離脱するかもしれないのだ。その位の事はデミトリアスも思いつくだろう。でなければたった一人で救援に向かうなど考えられない。


「シシュポス、到着したら、お前はすぐにデミトリアスを探せ。あいつは無茶をして突っ込んでいるかもしれない。いいな?」


「え? 何故です? 先行して監視しているとか、大規模な救援が来たふりをするとか、安全な策をとっているのでは?」


 シシュポスの考えを打ち砕くように、予想に反した指示がペロピダスから下る。一人で敵部隊に突撃するなど、いかにデミトリアスが勇猛な戦士であろうと予想しがたい。


「あいつには、戦う理由があるんだ。理由は後で話す。いいな?」


 ペロピダスから再度促されるのと同時に、燃え盛る集落に到着した。スパルタ軍によって家々に火がつけれられ、広範囲に渡って延焼している。そして集落に宿営していた市民軍が応戦しているのか、あちこちで怒号や悲鳴、金属のぶつかる音が木霊していた。


「シシュポス、行け!」


 ペロピダスの命令により、シシュポスは一人隊列を離れて燃え盛る集落の中に走り出した。

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