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第39話「四角関係」

 神聖隊と市民軍の模擬戦は、圧倒的な大差で神聖隊側が勝利した。模擬戦の直前に両者で揉め事が起きていたため、互いにやり過ぎて怪我人が続出する恐れもあったのだが、あまりにもあざやかに戦況が進んだため、その様な事態にはならなかった。


 模擬戦終了後、全軍を集めたエパミノンダス将軍は、神聖隊の見事な戦いぶりを褒め称え、市民軍に対しても正面から臆することなく戦った事に関して評価し、今後の更なる精進を促した。エパミノンダスは全軍の総司令官であるため、どちらかに肩入れ出来る立場ではない。しかし、神聖隊が勝利した作戦は、以前エパミノンダスがボクシングやレスリングの訓練を通じて示唆した戦い方を、見事に集団戦に落とし込んだものだ。その内心の喜びは神聖隊の兵士達には感じ取る事ができた。


 模擬戦の前に起きていた神聖隊と市民軍の衝突による精神的な軋轢は、模擬戦でさらに大きくなる様な事はなかった。元々この揉め事は、市民軍の一部が起こしたものであり、市民兵の殆どはそれに対して冷淡な目で見ていた。そして今回の模擬戦では、揉め事の中心に立っていたイアソンが市民軍の指揮をして敗北してしまったのだ。つまり、市民軍の殆どにとっては、今回の一連の流れは自分達とは関係の無い所で起きた事なのだ。逆に、噂に聞く神聖隊の実力が、真に頼りになる事を実感したために、以前よりも称賛の気持ちが強くなっているくらいだ。


 模擬戦の終了後、神聖隊と市民軍は分かれて別の集落に宿泊する事になった。神聖隊と市民軍を合わせると約四百人ほどの規模になり、この地域にある集落では迎い入れる事が出来ないためだ。市民軍側の三百人も三つの集落に分かれて宿泊する。そしてまた明日の訓練では事前に決められた地点に集合し、新たな訓練を実施する予定だ。


 この日の神聖隊の夕食は、昼間の模擬戦の勝利のためもあってかなり盛り上がった。次の日の訓練に差し障りがあるので酒こそ出なかったが、厳しい訓練に耐えて身体能力を向上させるため、肉や魚がかなりの量振舞われる。ちょっとした宴会の様な雰囲気だった。


 夕食会の主役は、シシュポスとデミトリアスであった。


 模擬戦の作戦や主力部隊の指揮をしたのはシシュポスであったし、別動隊を率いて見事に戦いを決着させたのはデミトリアスだ。この二人のパートナーに対して、神聖隊の兵士達は惜しみの無い称賛を送った。


 シシュポスとデミトリアスだけが、恋人同士だけで構成された神聖隊の異端者なのだが、その様な目で見る者はもはや誰もいない。皆がシシュポスとデミトリアスを自分達の仲間だと認めている。


 夕食が終わり、辺りがすっかり暗くなった頃、シシュポスとデミトリアスは集落の外れに二人で来ていた。日課である剣術の稽古をするためだ。元々シシュポスは剣術の才能があり、剣術を始めた頃からデミトリアスに迫る技量を示していたのだが、最近は互角まで腕を上げている。


 次の日の訓練に差し障りが出るといけないので、軽く汗をかいたくらいで訓練は終了した。


「ふう、かなり腕を上げたな。もう、俺と互角じゃないか。もう少ししたら俺よりも強くなるだろうな」


「デミトリアスのおかげだよ。デミトリアスがトレーニングで色々教えてくれなければ、ここまでやって来れなかったさ」


「謙遜するな。確かに俺はお前に持てる限りの知識で指導したが、それに応えたのはお前だ。今更だがあれに耐えるのは普通じゃない。それに、お前はただ耐えるだけじゃなく、自分で考えて訓練したからこそここまで実力が伸びたんだ。今日の模擬戦の指揮だって、頭を使ってたからこそ上手くいったんだ。あれは俺には真似できない」


 デミトリアスはシシュポスに惜しみの無い称賛を送る。そう言われるとシシュポスも悪い気がしない。自分が憧れる男に認められるのは、恋愛感情とかは抜きにしても男として最も喜ばしい事なのだ。


 だが、次のデミトリアスの言葉でその様な感情は吹き飛んだ。


「もうそろそろ、別行動しても良さそうだな」


「別行動……って、一体何?」


「ああそれはな、俺はペロピダス将軍の護衛に就きたいんだ。ペロピダス様は神聖隊を指揮する時、必ず最前線に立たれる。ペロピダス様は確かにお強い。精鋭揃いの神聖隊の中にもペロピダス様に匹敵する者はごくわずかだろう。だけど戦場では何が起きるか分からない。もしもペロピダス様に何かあったら、神聖隊全体の危機だ。だから、専属で守ろうと思うんだ」


 デミトリアスは滔々と、何故自分がペロピダスを守らなければならないのかを、理屈立てて説明した。だが、シシュポスにはデミトリアスがペロピダスを守りたい本当の理由が分かっている。


「デミトリアス、色々理由を言っているけど、本当の事をいったらどう? ペロピダス将軍の事が好きだからだってさ」


「……知っていたのか」


「ああ」


「そうか……なら話は早い。俺はペロピダス様に恩があり、命に代えても守りたい。そのために神聖隊に入ったんだ。他の神聖隊の兵士達は、全員が恋人同士だからペロピダス様の事を第一に考えられる者はいない。だが、俺はそうじゃない。それに、俺とお前は本当の恋人じゃないから、都合が……」


「デミトリアス!」


 デミトリアスの言葉を、シシュポスは強い口調で遮った。その言葉は最後まで聞きたくなかったのだ。だから、本当は言いたくなかった言葉まで飛び出てしまう。


「ペロピダス将軍が愛しているのは、エパミノンダス将軍だよ。見ていれば分かる。あれだけの地位にいる人が、二人で話す時は何の気兼ねも無く、まるで子供みたいにじゃれ合っている。デミトリアスだって、分かっているだろ?」


「うるさい!」


「君がどれだけペロピダス将軍を愛していたって、将軍の気持ちが君を向くことは……」


「黙れ!」


 会話はそこでしばらく途切れた。


 それは、言ってはならぬことだった。


 シシュポスは言ってはならない部分まで踏み込んでしまったのを自覚していたし、デミトリアスもシシュポスの言っている事は正しいと理解していた。だが、お互いの気持ちが上手く整理できないのだ。


「なんで……僕をパートナーに選んだの?」


「それは……」


 その時、遠くの方で火の手が上がるのが見えた。月明かりだけが頼りの暗闇に、炎が揺らめくのが見えた。その大きさはかがり火程度のものではなく、少なくとも家が燃えていると判断出来る。


「火事……かな?」


「いや、どんどん辺りに燃え広がっている。この辺りの集落ではあんな速度で延焼する程密集していない。人為的に燃やされているんだ」


「じゃあ、敵襲?」


「多分な」


 デミトリアスはそう言いながら、訓練で使っていた剣と盾を拾い上げ、体に括り付けた。


「シシュポス、あそこは市民軍が宿泊してる集落のはずだ。俺は先に助けに行ってくる。お前はペロピダス様にこの事を伝えてくれ」


「ちょっと待って、一人で行くつもり? みんなの準備が出来てから一緒に行こうよ」


「いや、それではたどり着くまでに時間がかかる。救援が来るまで敵は襲撃に全力を尽くすだろう。一刻も早く救援すれば、敵の攻撃の手も鈍る。そうなれば集落への被害も少なくなるんだ」


「だけど……」


「俺は行くぞ。もう、あの時の様な思いはしたくない!」


 デミトリアスはそう言い残すと、夜の闇の中に走り去っていった。残されたシシュポスは、すぐに気を取り直してペロピダスの元に報告しに走りだす。

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