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第37話「模擬戦」

 昼の休憩中に神聖隊と市民軍の一部が争いを起こしてから、両者の間には不穏な空気が流れていた。当然の事と言えば当然の事である。子供同士の喧嘩だって中々解決するのは難しい。ましてや大人同士ならばなおさらのことだ。


 結局特に謝罪などの解決が無いまま休憩を終え、午後の訓練に移る事になった。


 午後の訓練は、予定通り対抗方式の模擬戦をする事になった。


 ルールとしては木製の手槍と盾を使用し、攻撃を体に受けた者は戦闘から離脱していく方式である。木製とは言え威力は十分だ。お互い金属製の鎧や兜を装備しているが、衝撃を完全に受け止められるものではない。怪我を負う可能性は非常に高い。だが、危険性があるだけにその効果は抜群だ。もしも何の危険も無い訓練だったのなら、どんなに勇敢で英雄的な行動であっても平然とやってのける事が出来る。特攻作戦だって簡単に出来てしまうのだ。だが、それでは実戦には程遠く、戦場では同じ行動をする事は出来ないのである。


 そういう意味でのこの危険な模擬戦であったのだが、今となっては別の意味合いが含まれてしまっている。


 互いにいがみ合っている集団同士の模擬戦、つまり、お互いに手加減が効きにくいと言う事だ。


「野郎ども! 奴等、ぶっ殺してやるぞ!」


「おおっ!」


「いや、殺しちゃまずいでしょう。訓練なんだから」


 神聖隊の兵士達の戦意……と言うより殺意は十分である。冷静さを保っているのはシシュポス位のものだ。また、相手の市民軍からも気合の声が聞こえて来る。ただし市民軍でいきり立っているのは一部であり、ほとんどの市民兵は普通の様子だ。


「シシュポス、お前は奴らに神聖隊の事を馬鹿にされて、平気なのか?」


 市民兵と一番激しくやり合っていたテセウスが、冷静さを保ち抑制的な意見を言うシシュポスに強い口調で問いただした。


 同性愛の是非は、一部の例外を除いて全員が同性愛の恋人同士で構成されている神聖隊にとって、その存在意義に関わる事なのだ。それを馬鹿にされてはテセウスの様に怒りに燃えるのも当然である。そして、神聖隊の一部の例外であるシシュポスは、この件に関してどう思っているのか、表明しなければならない。


「僕は、神聖隊の一員でみんなの仲間だ。それ以外に何か言う事があるかい?」


「いや、突っかかってすまなかった。そうだな、お前は俺達の仲間だ」


 シシュポスの釈明をテセウスは冷静に受け止め、仲間としての誠意を疑うような発言をした事を謝罪した。以前は同性愛者でもないくせに神聖隊に入隊してきたシシュポスのことを、テセウスは非常に嫌い、事あるごとに突っかかって来た。そしてこの様な思いを抱いていたのはテセウス岳ではなかった。だが、シシュポスの必死の思いがテセウス達にも伝わり、今では皆が大事な仲間である。


「それじゃあ、作戦を立てよう。完全に勝利して、あいつらをぎゃふんと言わせてやろう。作戦はシシュポスが立ててくれ」


「僕が?」


 模擬戦に臨んでの神聖隊の作戦立案に関して指名されたシシュポスは、驚きの声を発した。シシュポスは神聖隊に入隊してから兵士としての訓練は十分に積んできたが、指揮官としての訓練は受けていない。また、神聖隊に入隊するまでの軍歴だってないのだ。


「市民軍で実戦を経験した人がいるでしょ? 僕よりも適任じゃ?」


「いや、ここにいる実戦経験のある者は、あくまで一兵卒として戦った経験しかない。作戦を立てるという点では皆経験は同じだ。なら、あのエパミノンダス将軍が認めたお前に任せたい」


 テセウスの恋人であるクレイトスがそう言った。彼やテセウスは神聖隊の若手の中心人物である。その彼らが言うのであるから、他の者達もシシュポスが作戦を立てる事に異存は無いだろう。


「そこまで言うのなら、考えてみるよ。相手は僕たちの三倍いるから、よく考えて戦わないと負けてしまうからね」


 シシュポス達は神聖隊の若手グループの勢力は、約百人である。それに対する市民軍は約三百人であり、シシュポスの言う通り三倍いる。この三倍の兵力差と言うのは、戦争においてかなり絶望的な差である。


 俗に城に籠ったりして防御している敵を撃破するためには、攻撃側は三倍の戦力が必要とされている。細かい条件は実際の状況に応じて色々違うのだが、白紙的に言えばそうなのだ。この防御側と言うのは、城という防御施設を使用する事で高所から一方的に弓矢などで攻撃出来たり、逆に攻撃側の兵器を城壁などで防ぐ事が出来る。また、事前に落とし穴や柵を準備して攻撃をしづらくしたり、屋根のある所で休息をとる事が出来たりと、攻撃側に比べてかなり有利である。


 逆に言えば、攻撃側と防御側にはそれだけ条件に差があるのにも関わらず、三倍の兵力差があればそれをくつがえす事が出来ると言う事なのだ。それほど戦いにおける数の差と言うのは厳然たるものなのだ。


 となれば、シシュポス達が三倍の敵に対して平地で正面からぶつかるのは絶望的と言える。


 確かに神聖隊は生活の全てを戦闘訓練に費やしているため、市民軍に比べて格段に練度が高い。戦闘開始当初は確実に見事な戦いを展開するだろう。だが、すぐに劣勢となっていき、最終的には数の暴力に敗北する事は確実なのだ。一人の英雄豪傑が十人も二十人も切り伏せるなどと言うのは、ほとんどフィクションの話なのである。


 まあ、時々本当に一人で何十人もの敵を倒してしまう、人間とは思えない化け物が登場してしまうのが現実の恐ろしいところなのだが、それを期待して作戦をたてるなど愚かにもほどがある。


「確認しておきたいんだけど、相手のリーダー格って分かる?」


「ああ、分かるぞ。イアソンの野郎だ。さっきテセウスが言い争っていた相手の中心にいた奴だ。テーバイでも有力な家柄の生まれだから、今回来ている奴らの中で確実に中心人物だ」


「そう……」


 シシュポスは情報を得ながら、様々な思考を巡らした。先ほどの喧嘩の光景や、今の市民軍の様子を見るに、そのイアソンという人物は家柄では中心人物と目されているものの、心は掴んでいないようだ。もしもイアソンが真に市民兵の心を掴んでいるのなら、今の市民軍からはもっと戦意が伝わってきそうなものなのだが、その様には見えない。喧嘩の時の光景も合わせて判断すると、市民兵のほとんどは「偉い所の坊っちゃんが何かやってる」くらいにしか思っていないだろう。要は白けているのだ。これなら、イアソンが余計な争いをせずに普通に模擬戦をしていた方が、士気は高かっただろう。


 お偉いさんの阿呆な行動に対し、下々の者は敏感に反応するものだ。これは今も昔も変わらない。


 これに対し、神聖隊はそのアイデンティティーに関わる様な事を馬鹿にされたのだ。士気の差は一目瞭然だ。現代において精神論は馬鹿にされやすいが、命をかけて戦う戦場においては、精神力の差というのは重要な戦闘の要素なのである。


 やる気の無い相手と戦闘意欲に満ち溢れた味方、勝ち目は十分にある。それに加えてシシュポスは、以前の訓練でエパミノンダスがレスリングやボクシングの試合で実践してみせた戦闘理論を、集団戦で再現して見せる事を考えていた。

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