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第33話「愛の行方」

 酒宴を抜け出したシシュポスは、デミトリアスを探しに訓練場の方に向かった。折角の酒の席なのだ。いつも同じ部屋で寝ているとはいえ、酒を交えて話してみたかったのだ。


 訓練場に辿り着いたシシュポスは、すぐにデミトリアスを見つけた。声をかけようとしたのだが、デミトリアスと一緒に誰かいるのに気付き、何故かその場に隠れてしまった。


 デミトリアスと話しているのは、デミトリアスに劣らない威風堂々の体躯を誇る人影だった。その人物はシシュポスも知っている男だ。


 神聖隊の指揮官であるペロピダス将軍だ。


 以前から神聖隊で訓練の手伝いをしていたデミトリアスは、ペロピダスと面識がある。ペロピダスが遠征から戻った今、旧交を温めていたとしても不思議ではない。だが、シシュポスは、何故だか胸騒ぎがした。


「まさか、お前が神聖隊に入隊するとは思わなかったぞ。訓練の手助けをしてくれるだけで、俺は十分助かっていたんだがな。まあいい、お前ほどの男が一緒に戦ってくれるなら、これ程心強いことはないのだからな」


「はい、精一杯戦わせて頂きます。そして、将軍のお命をお守りいたします!」


 デミトリアスは普段は決して見せない勢いで、ペロピダスに決死の覚悟で戦う事を誓っている。


「ありがとうな。だが、指揮官の命を守ると言うのは、戦術上は正しい行いである。だが、ここは神聖隊だ。まずは、お前のパートナーのシシュポスという少年の命を守ってやれ。パートナーのために戦うのが、神聖隊の流儀だ。それにエパミノンダスからも聞いているが、あいつはかなり見所があるが、スパルタへの復讐心が強すぎる。復讐心のおかげで短期間の訓練で強くなったようだが、戦場ではその強すぎる気持ちが仇となる事が多い。お前が守ってやれ」


「しかし将軍、神聖隊の流儀とおっしゃいましたが、それは普通の神聖隊のパートナーが恋人同士であるからです。私とシシュポスはそうではありません」


「ああ、その様に聞いているな」


 自分の名前が二人の会話に登場し、シシュポスは更に息をひそめた。


「シシュポスはスパルタへの復讐のため、私は将軍を近くでお守りするために、神聖隊に入ったのです。利害関係あっての事、互いに利用しているのです」


「……」


「私は、かつて将軍に命を救われました。そして、将軍のお役に立ちたいと、かつてのテギュラの戦いの時にも市民兵として参戦しましたし、神聖隊で運動のコーチをしてきました。しかし、これから待ち受けているのは、あのスパルタ軍との一大決戦です。私はお傍で将軍を守りたいのです!」


「デミトリアス」


 話している内に気分が高揚してきたのか、声色が強くなるデミトリアスを、ペロピダスが静かに制止した。


「かつて、故郷を追い出され、放浪していた時に気まぐれで助けた奴隷の少年が、よくぞここまで立派に育ってくれた。とても嬉しい」


「では……!」


「だが、お前の様な若者が、過去にとらわれてはいかん。礼はこれまでのお前の働きで十分返してもらっている。過分な位だ。これからは未来に目を向けて生きるべきだ」


「けれど私は!」


「お前の気持ちには応えられん。それに、よく自分の気持ちを整理してみるがいい」


 言い終えたペロピダスは、デミトリアスの肩を優しく叩くと、訓練場を出て行った。残されたデミトリアスはその場に立ち尽くしていた。しばらくすると、静寂が支配していた訓練場に、デミトリアスの嗚咽が響いた。


 神聖隊の兵士の誰もが、デミトリアスの事を強いと思っている。これまで一緒に訓練して来た新兵達は頼りにしてきたし、戻って来たばかりのベテラン兵士達だってデミトリアスの心身の強さを認めている。


 当然シシュポスもそう思ってきた。彼は何時だってシシュポスの事を支えてくれた。そのおかげで今日までやって来れたのだ。


 そのデミトリアスが、今はこうして泣いているのだ。


 理由はすぐに理解出来た。デミトリアスはペロピダスの事を愛していたのだ。この位の事は、同性愛者ではないシシュポスにも分かる。


 シシュポスが神聖隊に入ろうとした時、恋人がいない事を理由に断られていた。その時にシシュポスにカップルになる事を持ち掛けて助けてくれたのが、その場に急に現れたデミトリアスだった。


 先ほどデミトリアスがペロピダスに言っていた様に、シシュポスはスパルタへの復讐のためにデミトリアスを利用していたのであるが、何故デミトリアスがシシュポスを助けてくれたのか理由は不明だった。


 冗談めかして「一目惚れだ」などと言って誤魔化していたのだが、流石にそれは信じていなかった。


 だがこれではっきりした。


 デミトリアスは愛するペロピダスを近くで守るために、神聖隊の兵士になったのである。そのためにシシュポスを利用したのだ。


 ペロピダスは同性愛の恋人達だけで構成された神聖隊の指揮官だが、誰かとカップルと言う訳ではない。指揮官であるために例外なのだ。だから、ペロピダスとカップルになる事は出来ない。


 ならば、誰かと偽装カップルの関係になり、神聖隊に入隊する事がペロピダスを近くで守るという目的を達成するのには一番良い。


 デミトリアスほどの男なら、誰かと恋人関係になって神聖隊に入隊する事も出来ただろう。しかし、それではペロピダスへの貞節を保つことが出来ない。その点、同性愛者ではないし、スパルタへの復讐心と言う神聖隊に入隊する強い動機があるシシュポスは、非常に使い勝手の良い存在だった。


 その事に思い至ったシシュポスは、激しい衝撃を受けた。


 そして自分の心に必死に言い聞かせる。


 お互い、何らかの目的にために利用し合っていたのは、分かっていた事ではないか。それなのに、今更何をそんなにショックを受けているのか。


 そもそも自分は同性愛者ではないのだから、デミトリアスがペロピダスに好意を抱いていたとして、何か問題でもあるのか。


 シシュポスはそんな事を考え、繰り返し自分に言い聞かせながらその場を後にした。

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