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第31話「熱い視線」

 神聖隊の訓練場に入って来た男は、神聖隊の指揮官であるペロピダス将軍であった。シシュポスは新入りだったため、ペロピダスの顔を知らなかったが、ペロピダスが神聖隊の主力を率いて遠征に赴き、各地でスパルタ軍と戦闘していると言う事は聞いていた。


 特に数年前に起きたテギュラの戦いでは、数に勝るスパルタ軍に対し、率いていた神聖隊を中核とする少数の部隊で挑み、撃破する事に成功している。


 スパルタ軍は世界最強と名高い軍隊だ。かつてはたった三百人の部隊で数万を遥かに超えるペルシア軍に対して勇猛果敢に挑み、互角の戦いを演じた事さえある。世に言うテルモピュライの戦いだ。スパルタ軍は数に劣っているのならともかく、逆に彼らよりも少ない敵に敗北するなど、ギリシアの誰もが想像していない結果であった。


 この戦いの勝利こそが、テーバイが位置するボイオティア地方における反スパルタ運動を決定的なものにし、テーバイの反スパルタポリス連合の盟主としての地位を確かなものにしたのだ。


 そして、シシュポスにとっては、テギュラの戦いはそれだけのものではない。彼の運命にも大きく影響している。彼は父と行商の旅に出ていた際に、逗留していた村がスパルタ軍に襲撃され、父を失い、自分も殺される寸前だった。そこを救ってくれたのが名前も知らないテーバイの兵士であった。


 この、シシュポスが逗留していた村は、テギュラの戦いが起こった近辺に位置しており、もしもペロピダスが戦いに敗れていたならシシュポスを助けに来る者はいなかっただろう。


 テギュラの戦いの後、シシュポスは親戚を訪ねて転々としていたため、戦いの経過は詳しく知らなかった。だが、神聖隊に入ってからは指揮官であるペロピダスの業績は仲間たちから聞く機会も多く、顔すら知らなかったが恩義を感じる様になっていた。


 そのペロピダスは、今エパミノンダスと言い争いをしている。テーバイ軍でもその中核となる彼らが、仲違いをするのはあまり褒められた事ではない。もしもこの二人が不仲と知られれば、軍の中に派閥が出来て団結に亀裂が入ったり、敵国のスパルタの謀略を許す事になりかねない。そうなったらまともに戦う事なく敗北するであろう。


 だが、シシュポスが見る限り、本気で言い争っている様には見えない。どちらかと言うと、じゃれ合っているのに近い。信頼し合っているからこそ、手加減なく言い合えるのだ。


 エパミノンダスとペロピダスは、実に対照的な男達だ。


 エパミノンダスは優れた知略で知られた将軍で、それほど名家ではないものの、その才覚で今の地位まで登りつめた男だ。戦士としても優れた技量を持っているが、外見からはそれは伺えず、どちらかというと学者の様な知性を感じさせる風貌だ。


 それに対してペロピダスは、勇猛果敢さと剛勇で知られた将軍で、テーバイでも有数の名家の出身だ。その生まれがあだとなって、テーバイがスパルタに支配されていた頃は目をつけられて亡命生活を送っていたが、最終的に帰還してスパルタを追い出している。もう中年に差し掛かっているはずであるが、それを感じさせない筋骨隆々の体つきで、精鋭部隊で知られる神聖隊を率いるのにこれほど適任者はいないだろう。また、豪快さを感じさせる風貌ではあるが、その高貴な育ちのためか決して粗野な雰囲気は無い。野性と知性が同居している様な風貌だ。


 言ってしまえば、シシュポスのパートナーであるデミトリアスに似ていると言える。デミトリアスが年齢を重ねて行ったなら、ペロピダスの様になるのかもしれない。


 エパミノンダスと言い争っていたペロピダスだったが、神聖隊の兵士達の視線が自分達に向けられているのを感じとり、彼らに向きなおった。


 別に言い争っていると事を見られるくらいはどうでも良いのだが、ペロピダスは彼らの指揮官である。その指揮官が久しぶりに帰還した以上、何か言葉をかけてやらねば彼らも立場上解散出来ないのだ。


「あ~、皆の者、留守を守って訓練に励んでいたようだが、よく頑張ったな。お前たちが予想以上に成長してくれた事は、ディオスドトスから定期的に報告を受けている。スパルタとの決戦が近づいているこの時期に、神聖隊の三分の一を新たに採用する事については、かなり不安があった。一人前の戦士には一朝一夕では育たないものだからな。だが、諸君らは予想を超える成長をしてくれた様で、本当に感謝している。明日からは俺自身で成長を確かめ、これから帰って来る主力との連携を深める訓練を指導するつもりだ。褒めたばかりで悪いが、これから訓練はますます厳しくなる。だが、それに負けずについてきて欲しい。今日はこれで解散とする。英気を養ってくれ」


 ペロピダスの言葉に、神聖隊の兵士達は感激した。彼らにとってペロピダスは、雲の上の存在である。彼らの殆どは戦争に出た事の無い若者であり、自分達の訓練が実戦で通用するのか不安を感じていた。だが、歴戦の勇士であるペロピダスに評価された事はその不安を払拭するものである。


 皆が訓練場を後にして浴場に向かい始めた時、シシュポスは自分もデミトリアスと風呂に行こうとしてその姿を探した。デミトリアスの姿は、浴場に向かう仲間達の中には無かった。


 辺りを見回すと、ペロピダスと何かを話し合っている。


 シシュポスが神聖隊に来るまでは、デミトリアスは正式な兵士でなくトレーニングのコーチとして雇われていたと聞いている。だとすると、元々デミトリアスは管理者側の人間であるため、神聖隊の指揮官であるデミトリアスとの接点があり、これまでの訓練について報告しているのだろうか。


 その様に考えて二人に近づこうとしたシシュポスだったが、そこに何か違和感を感じた。


 デミトリアスの表情は、事務的な報告をしている様には見えない。その眼差しには、どこか熱いものが含まれている。


 ペロピダスは、テーバイの男なら誰もが憧れる将軍であり、彼に熱い眼差しを送るのは決して不思議な事ではない。


 だが、デミトリアスの視線は、本当にそういうものなのだろうか。


 理解出来ない胸騒ぎに襲われたシシュポスは、デミトリアスがペロピダスとの会話を終えるまで、その場で立ち尽くすしかなかった。

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