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第24話「急所攻撃」

 デミトリアスに勇猛果敢にレスリング勝負を挑んだシシュポスであったが、残念ながら全く歯が立たなかった。


 当然である。身体能力も技術も完全にデミトリアスの方が上なのだ。しかも、レスリングは数回相手の背中を地面につける行為「フォール」によって勝負が決される。剣や槍の試合の様に、一撃運よく当たれば勝ちになると言う事も無い。運の要素はほとんど廃され、実力が勝敗に直結する。この辺は、同じ組み技系の競技である相撲が一本勝負なのとは違う点だ。相撲では横綱相手に金星を上げる事もままあるが、レスリングでそれをするのは非常に難しいのだ。


 更に、完全に実力差があるため、デミトリアスに余裕があるのかこんな事も起きた。


「シシュポス、筋力で上回る相手を組み伏せるには、どうすれば良いと思う?」


「どうって、技術でカバーするんじゃないの?」


「その答えは五十点といったところだ。技術で筋力差を覆すのは、かなり難しい。それに、力で上回る方に技術が無いとは限らない。つまり、『普通の技術』じゃあそうそう勝てないって事だ」


「『普通の技術』だって? じゃあ、そうじゃない技術って……うわっ!」


「こういうこった」


「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 シシュポスはデミトリアスには劣るとはいえ、成長した今は神聖隊の新兵の中ではトップクラスの強さである。特に体格に似合わず足腰の強さは折り紙付きだ。防御を固めている限り、デミトリアス相手にもそう簡単に組み伏せられたりはしない。


 そのシシュポスが、今はデミトリアスの指一本で簡単にねじ伏せられている。


 デミトリアスの指の筋力はそれ程までに強いのか、というとそれは違う。


「人間には鍛えようの無い、弱点がある。そこを攻めれば、どんなに強い相手でも簡単に倒すことが出来るってわけだ」


 そう、デミトリアスはシシュポスの弱点を指で攻撃したのだ。


 その弱点は何処なのか。目か? 耳か? 鳩尾か?


 そのどれもが違う。


 賢明なる読者の諸姉諸兄の方々なら、シシュポスの悲鳴を読んだ時点である程度推察が付いているかも知れません。


 正解は尻の穴です。当たった人、おめでとうございます。


 これは、性的な意味合いで指を突き込んでいるのでは、決してない。同性愛者の男達が集う神聖隊と言えど、訓練中に愛撫するなど当然あり得ない。


 尻の穴は鍛えようがない急所であり、そこを攻撃されると、どんなに屈強な豪傑であろうと簡単にねじ伏せられてしまう。そのため、安全なルールが整備される前の時代には、柔術等の寝技のある武術にはこの様な裏技が開発され、伝承されてきたのだ。もちろん、本当にルール無用の戦いをするのならともかく、試合や練習でこの様な技を使う事はまずない。


 練習相手にこの様な技を使用して、禍根を残すのは非常に不味いのだ。やられた方はかなりの屈辱であろう。


 まあ、恨みの感情ではなく、別の感情が目覚める例があったのかも知れませんが、それは作者としては関知しません。


 なお、シシュポスが挙げている叫びが、痛みなのか、それとも快楽のためなのかは彼の名誉のためにも明言は避ける事にします。


 どうしても知りたければ、自分の指を自分に突っ込んでみて下さい。その時あなたが感じた感覚が答えです。


 ……本気にして実行して、ナニかに目覚めたとしても、作者としては一切の責任は負いません。自己責任でお願いします。


 恐ろしく馬鹿馬鹿しい横道に話が逸れたが、ここから本筋に戻るとする。


 弱点を攻撃され、成す術もなくフォールされたシシュポスであったが、指を引き抜かれるとすぐさまデミトリアスに組み付いていった。この打たれ強さは並大抵の事ではない。これが、たった一カ月程度で神聖隊の精鋭達に追いつく成長を果たした原動力なのだ。


 だが、デミトリアスには根性だけでは勝つ事が出来ない。


 ここからも更に弱点を攻撃されていく。今度は尻の穴ではない。鼻の穴に指を突っ込まれたり、耳を引っ張られたり、口に指をひっかけられたりしたのだ。これ等の部分も尻の穴と同様鍛えようがなく、この部位を攻撃されると抵抗する事が非常に困難なのだ。


 鼻の穴位で? と思われる方もいるだろうが、この部位もれっきとした急所なのである。


 嘘だと思うなら、自分の鼻に指を突っ込んで、上に向かって力を込めてみて下さい。


 はい、間抜けな顔ですね。


 と言うのは冗談ですが、指の力に抵抗して、下を向くのが非常に難しい事を実感できるでしょう。


 この様な技術も、現代の試合では禁止されている裏技であり、禁止されているという事はそれだけ実用性が高いとも言えるのだ。加えて述べておくと、この時代のレスリングでも反則技なので、この様な戦いを訓練する事は非常にまれである。


 なお、デミトリアスがシシュポスの鼻や口に指を突っ込んでいるが、その指はついさっきまで尻の穴に突っ込んでいた事については、深く考えないのが適切であろう。


 もしくは、BL作品の世界では、いい匂いがするとでも補完しておくのが幸せである。


 兎に角、シシュポスは弱点を攻撃されて散々に負ける羽目になった。


 普通は訓練でこの様な技を食らった場合、何らかの恨みが残るのが普通である。しかし、シシュポスにはその様な感情は特に生じなかった。


 別に、快感を感じていたとかそういう事ではない。


 デミトリアスは普通に訓練していたのでは習得できない裏技を、あえてシシュポスに仕掛ける事で成長を促したのだと、認識しているのだ。それは間違いではない。体格に劣るシシュポスが戦場で取っ組み合いになった時勝利するには、この様な汚いとも思える技術を使わねば死んでしまうかもしれないのだ。


 技の威力を理解するには、実際に自分で受けてみるのが一番である。そのためデミトリアスはシシュポスに裏技を仕掛けたのだし、それで信頼関係が崩れる事は無いと信じているのだ。


 デミトリアスの予想は、完全に当たっていた。シシュポスはこの訓練で弱点を攻撃する事の重要性を覚えたし、デミトリアスへの信頼は壊れる事は無かった。それどころか、デミトリアスの多岐に渡る知識に尊敬の念を強くしたくらいだ。


 その後、何度か相手を変えてレスリングの試合をして、この日の訓練は終了した。


 訓練が終わると、デミトリアスは(指を洗わなければならないので)すぐに浴場に向かった。シシュポスは少し自主練習をするつもりだったので、その場に残ることにした。戦闘訓練の成績ではシシュポスはトップクラスだが、未だに筋力では平均レベルだ。もっと筋肉も成長させなければ、これ以上のレベルアップは望めないのである。


 訓練場に一人残ったシシュポスは、ストイックに筋力トレーニングを開始する。既にレスリングの訓練で消耗しているため、すぐに疲労を感じて来るが、ここからどれだけ頑張って鍛錬できるかが筋力向上のカギなのである。今のシシュポスは、デミトリアスの補助が無くても限界まで鍛錬する事が出来る。


 限界まで肉体を痛めつけ終わった時、シシュポスは自分をじっと見ている者がいるのに気付いたのであった。

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