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第21話「ユニゾン」

 しばらくデミトリアスの動きに合わせて踊り続けたシシュポスは、何とかついていけるようになった。


 シシュポスは、運動神経が悪いわけではないので、慣れてしまえばそれ程難しくはない。それに、踊りは決められたパターンを繰り返すもので、それを覚えてしまえば簡単なものだ。


「お、中々やるじゃないか。予想していたよりも、早く出来るようになったな。それじゃあ、本番行こうか」


「本番?」


 デミトリアスに褒められて喜んだのも束の間、不穏な言葉を続けられたためにシシュポスの中に不安が広がった。


「ああ、その通りだ。ひと通り踊れなくちゃ、本番の訓練に対応できないからな。これまでのはほんの小手調べだ。これからは同じパターンを繰り返すのではなく、ランダムにいくぞ」


「ランダム? そんなの出来るのか?」


「出来るのかじゃなくて、やるんだよ。ああ、安心しろ。踊りのパターンは変えるけど、リズムは変わらないからな」


 事も無げに言うデミトリアスであったが、シシュポスの不安は強まる一方だった。決められたパターンを繰り返して踊るのなら、動きを覚えてそれに慣れるだけで可能だ。しかし、ランダムな動きを、デミトリアスに合わせてするにはどうすれば良いのか、見当もつかない。


 踊りの訓練が再開されるが、シシュポスの懸念通り、先ほどまでとは打って変わって上手くいかなくなった。デミトリアスと同じ動作をするために目を凝らし、なるべく早くその動きについていこうとするが、どれだけ頑張ってみても半テンポ遅れてしまう。


 人間は、音を聞いたり何かを見てから体を動かすまでに、だいたい0.1秒は最低でもかかると言われている。これは、目や耳の神経から情報が脳に伝わり、脳から動作する筋肉に命令を与えるのにかかる時間である。そのため、どれだけ反射神経を鍛えるトレーニングをしたとしても、人体の理を超えるような短い時間で反応する事は出来ないのだ。


 つまり、シシュポスが今やっているように、デミトリアスの動きを見てからそれに合わせるように踊ろうとしても、絶対に間に合わないのである。その事は、現代医学を知らないシシュポスは、当然気付いていない。頑張れば何とかなると思っている。


 そして、恐るべきことにデミトリアスは、人間の反射には限界がある事に気付いていた。もちろん、デミトリアスは古代ギリシア人であり、医学に関する知識は他の者と同じ程度しか知らない。


 一応ここで明言しておきますが、デミトリアスは実はタイムスリップして来た現代人だったなどと言う設定も無いので、現代知識を活用しているとか、そう言う事もありません。


 では何故デミトリアスは人間の反射に限界があると知っているのかと言うと、あらゆる分野で運動のコーチをしているうちに気付いたのだ。


 短距離走でスタートの合図を出された時には、どんなに練習したり待ち構えていたとしても、出走には必ずタイムラグが存在する。また、ボクシングで殴り合う時にも、相手の動きを見てから防御しようとしても不可能な場合が多々ある。


 これらの事象はどれだけ神々に愛された才能を持つ一流のアスリートにも同じことであり、オリュンピア祭の王者となるほどの者ですら、反射には限界があった。


 では、何故無駄だと分かっている訓練を、デミトリアスはシシュポスに課しているのか。


 どの様にすることが正解なのかは、何も語らない。シシュポスが気付くのを待ち、一緒に踊るだけだった。


 一方のシシュポスは、デミトリアスの踊りに合わせようとして必死だった。最初はデミトリアスの動きを見逃すまいと目を凝らしていたが、すぐにそれも出来なくなる。


 踊りはかなり体力を消耗する。余計な事を考えながら踊っていたのでは、体力の消耗は更に激しくなる。後になるにつれ、どんどん無念無想の状態で踊るようになっていく。


 無念無想とは言ったが、全く何も考えていない訳ではない。意図して思考できなくなっただけであり、無意識に浮かんでくる思いは、むしろ通常時よりも多くなる。


 シシュポスは、踊りながら様々な事を考える。


 昔スパルタ兵に殺された家族の事


 父に連れられて回った各地のギリシアのポリスの事


 父に教えられた数学の事


 神聖隊に入ってからの様々な訓練の事


 その訓練に付き合って指導してくれたデミトリアスの事


 様々な思いが浮かんでは消え、浮かんでは消え、最後まで強く残ったデミトリアスに関する思いが、目の前で踊るデミトリアスの姿と重なっていく。


 そして、それはその時起きた。


 踊る事に関して深く考えていない状態だったのにも関わらず、デミトリアスと同じ動きで踊れていたのである。デミトリアスは踊りの動作をランダムにしているため全く予想が出来ないし、どれだけ注意深く見て真似しようとしても、必ず半テンポ遅れてしまう。


 しかし、この時シシュポスはデミトリアスと全く同じタイミングで、全く同じ動作で踊る事が出来たのである。


「あれ?」


 シシュポスは驚き、何故自分がデミトリアスの踊りに合わせる事が出来たのかを考えようとする。すると、たちまち動きが乱れ、動作が合わなくなる。


「どうした、シシュポス。さっきの動きは良かったぞ」


 デミトリアスの励ましの言葉を受けて、何故さっきは同じ動きが出来たのかを考える。


 そしてシシュポスは、ある事に思い至ったのであった。

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