第20話「踊ろう、朝まで」
唐突に服を全部脱げとデミトリアスに言われたシシュポスは、面食らって驚きの声を上げた。
神聖隊は同性愛者の男だけで構成された軍隊である。そのため、それぞれのカップルごとに割り当てられた居室では、愛の営みが当然の如く行われている。
だが、シシュポスは同性愛者ではない。スパルタを倒すために、デミトリアスと恋人同士だと偽装して入隊しているだけだ。デミトリアスの方も、何の目的があるのか知らないが、神聖隊に入りたいらしく、偽装カップルになる事を了承しているだけで、シシュポスの事を愛している訳ではない。それどころか同性愛者であるとも聞いた事はない。
いや、これまでの訓練などで、シシュポスのトレーニングを補助する時に、股間のモノをシシュポスの顔に近づけて来たり、シシュポスの体を洗う手つきが怪しかったり、疲労を癒すためのマッサージで恐るべき快感を与えてきたりと、色々と疑惑はある。
しかし、例えデミトリアスが同性愛者だったとしても、神聖隊は真に愛し合う男だけの集団である。その気の無い者に無理強いするなどとは、これまでちらりとも考えていなかった。
しかし、シシュポスが神聖隊に残れるかどうかは、デミトリアスの力にかかっている。
となれば、例えシシュポスにその気が無くとも、デミトリアスに身を任せるより外に無いのであるまいか。
また、これまでにもデミトリアスには良くしてもらっている。それを思えば、デミトリアスに多少の事を要求されても、それは呑むのが当然かもしれない。それに、デミトリアスは他の誰もが羨む、鍛えられた肉体と、偉大な知性と、英雄の様な美貌の持ち主だ。彼を相手に出来るなら、これはどちらかというと幸運なのではないだろうか。
(一体僕は、何を考えているんだ!)
一瞬のうちに色々な事を考えてしまったシシュポスは、それらの想いを頭から追い払うことにした。
そしてシシュポスは意を決すると、夜着として身につけていた短衣を脱いでいく。月光に照らされたシシュポスの裸身は、細身ながら訓練で引き締まった筋肉に覆われ、美少女と見紛う程の美貌でありながら男であることを雄弁に語っていた。
付け加えれば、股間にぶら下がるモノは、顔や体つきに似合わず実にギガンティックで、これを見ればシシュポスの事を女性と間違える者はあるまい。
話が逸れた。
一糸まとわぬ姿になったシシュポスは、その美貌で現代においても伝説に残るナルキッソスや、アドニスもかくやと思わせる輝きを放っている。
また、これまた神話として伝えられる、神々の代表格であるゼウスやポセイドンが、地上の美少年を見初めるとこれを誘拐し、自らの傍に侍らせたと言うが、もしもゼウス達がシシュポスを発見したならばきっと誘拐するに違いない。
しかし、ギリシア神話にはヤバい神々しかいないのだろうか。
また話が逸れた。
脱線した話はともかく、シシュポスは同じく全裸になったデミトリアスと、月の光に照らされながら向かい合って立った。
一体、何を要求されるのか。
デミトリアスは「特別訓練」と言っていたが、それは「特別訓練(意味深)」であり、やはり、ナニか。
「よし、これから俺の姿をよく見ながら、鏡合わせで同じように動くんだ。じゃあ、右手!」
「え? えっと、はいっ」
予想外のデミトリアスの言葉に戸惑いながら、シシュポスは言う通りに右手を上に掲げた。そして、デミトリアスの動きの通り、両手両足を同じように動かしていった。
「はいっ、右、左、右、右、左、左、右、その場でターン! よし、次は、ターンタタンタ、タンタンタン、タ、タターンのリズムで行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。これは一体何なの?」
「何って、踊りに決まってるだろう」
「踊りだって?」
「そうだ。二人でタイミングを合わせて踊る事で、連携をとる事を体の隅々まで染み込ませるんだ」
シシュポスの弱点は、集団での戦闘訓練で密集隊形を組んだ時、仲間達連携が全くとれないことである。集団での連携こそが最も重視される軍隊組織では、今のシシュポスの様な異物は排除すべき存在だ。
本来なら、戦闘訓練を繰り返していく中で、連携を体に染み込ませるのが一番良いのだが、実際にやってみるとそれは中々上手くいかない。
武装した状態ではそれが気になって連携に集中しにくいし、シシュポス以外の者だって連携行動が完璧と言う訳ではない。そのため、各個人ごとに必死になって集団行動についていくのが精一杯であり、その様な環境では練度が不十分な者を向上させる訓練にはならないのだ。
そこでデミトリアスが考案したのが、今やっている踊りである。
踊りは、一人で練習したとしても良い運動になり体が鍛えられるが、二人以上で練習する事で互いの連携を向上させる事も出来る。
ペアで踊る訓練をする事でどれだけ息が合うのかは、現代に生きる我々はテレビやネットの動画により、社交ダンスだったりフィギュアスケートのペアの演技等のすさまじさは良く知っているだろう。
古代ギリシアにおいては踊りはまだ祭祀や娯楽にすぎないが、様々な運動をコーチとして研究してきたデミトリアスは、踊りの有用性について認識していたのである。
そしてこの特別訓練だ。
「なんだ、そう言う事か……」
「特別訓練と言ったんだから、特別な訓練に決まっているだろう」
「でも、いきなり服を脱げって」
「訓練の時に服を脱ぐのは当然じゃないか」
最近の訓練では刃物を使用するために、肌(と特に股間の急所)を傷つけないために服を着る傾向にあったが、古代ギリシアにおけるトレーニングの格好は全裸が基本だ。これはオリュンピア祭の様に単なるトレーニングではない本番でも同様である。
そのため、デミトリアスにとって訓練をするから服を脱ぐと言うのは、至極当然の事なのだ。
シシュポスが考え過ぎだったと言えよう。そして、シシュポスが古代ギリシアの常識を外れてその様に思い違いをしてしまったのは、訓練が上手くいかない事による悩みが深いためである。
「この特別訓練は夜のうちにやらないといけない。昼間は皆との訓練をする必要があるからな。眠くてきついかもしれないが、朝まで踊るぞ」
「うん。分かったよ。デミトリアス」
これまでにもデミトリアスには苦しい訓練を課されてきた。しかし、それは必ず乗り越えられる困難であり、確実な成果を出して来たのだ。
シシュポスは素直に頷くと、デミトリアスと共に踊り始めた。




