第19話「婚約(パートナー)破棄?」
真夜中にデミトリアスに呼び出されたシシュポスは、訓練場まで誘われた。古代ギリシアにおいて当然街灯など存在しない。かがり火などを焚けば明るくなるのだろうが、当然その様な無駄な事はしない。
この時代において夜は、人間が活動する世界ではないのだ。
先行したデミトリアスが、訓練場の真ん中で満月の光に照らされて一人佇んでいる。
デミトリアスは彫刻の様な美しく彫の深い筋肉を持っている。また、その容貌は神話で語られる英雄の様な勇ましさのある美貌である。月の光に照らし出されたデミトリアスの姿は、伝説で語られる神々や英雄の様にシシュポスには思えた。
「なんで、呼び出されたか分かってるな?」
シシュポスが追いつくなり、デミトリアスは前置きも無く言った。
シシュポスには当然分かっている。シシュポスは最近の戦闘訓練で、比類なき剣技や槍の才能を示した。しかし、集団での行動はまるでダメであったのだ。軍隊においては個人としての武勇が優れていようと、集団での行動に適応できなければ何の意味も無い。それは、集団での密集隊形戦法のファランクスで戦うギリシアにおいては、特に顕著である。集団での連携を乱す者は、役に立たずに死んでいくどころか、周囲の者を危険に晒してしまう可能性があるのだ。
このままでは、シシュポスを戦場に連れていく事は出来ない。適正無しと判断し、除隊させた方が皆のためになる。当然、シシュポスの身のためにもそれが正解だ。
「婚約破棄ですか?」
「はぁ?」
「あ……いや、パートナー解消ですか?」
シシュポスが最初に口にした「婚約破棄」とは、神聖隊の兵士達の中で使われている隠語で、パートナーの解消を意味している。
神聖隊の兵士達は、その全てが愛し合う男達のパートナーで構成されており、戦場ではその熱い愛情の力で比類なき強さを発揮する。
しかし、残念ながらその愛情に偽りが含まれる者達も一部ながら存在する。
浮気(相手は女とも男とも限らない)、性格の不一致等の理由で愛情が冷めてしまう事があり、その場合当然の事ならパートナーは解消され、神聖隊からは除籍される。
愛の力を戦闘力の源とする神聖隊であるが、もしその中に愛情が冷めてしまった者が混入していたらどうなるか。そこは部隊の重大な弱点となるであろう。何故なら、恋人を守るため、格好いい所を魅せるために勇猛果敢に戦うのであるから、愛の無い者が同じように戦えることは期待できない。それどころか意図的に元恋人を裏切る事だってあるだろう。
その様な事が起きたなら、事態は単にその裏切られた男の死だけではなく、そこから陣形が崩れてしまい最終的に全員を危険に晒す事に繋がりかねない。
そんな事をしたならば、裏切った男も危険になるのでその様な愚かな行為はしないのではないかとも思えるが、愛が冷めてしまった時、それは憎しみ変わる危険性も秘めている。特に裏切りの原因が片方の浮気にある場合など、その嫉妬や憎悪の感情は自らの安全の確保と言う本能さえあっさりと乗り越えてしまうものだ。
だから、愛情の消えた兵士達は、例えどんなに優れた戦士だったとしても神聖隊には残る事は出来ないのだ。
そして、何故「婚約」解消なのかと言うと、男同士の愛情が普通であり、むしろ真実の愛とさえ言われている古代ギリシアにおいても、男同士が婚姻関係になる事はない。しかし、神聖隊の兵士達は死後において、天界に神々から召し上げられたり、来世においては婚姻関係を結べる事を祈り、それぞれの心の中で「婚約」を結んでいるのだ。
だから、「離婚」ではなく、それに準ずる「婚約破棄」なのである。まあ、正式な用語ではないのだが、広く浸透している。
シシュポスとデミトリアスは、恋人同士だと偽装して神聖隊に入隊している。
これは、周囲の者達は皆その事を知っており、良く思わない者は大勢いた。だが、将来良いカップルになると庇う者もいたり、シシュポスの努力により今では一応仲間として認められている。
そして、何よりシシュポス達の様な異物が、男達の「愛の砦」たる神聖隊に存在する事が容認されていたのは、デミトリアスの能力によるところが大きい。彼は元は正式な神聖隊の兵士ではなかったが、様々な訓練のトレーナーとして神聖隊で働いていた。その能力は神聖隊の兵士達は皆知っており、デミトリアスが正式な仲間になってくれるのなら、ある程度の横紙破りは認めようという雰囲気があったのだ。
と言う事は、デミトリアスのパートナーであるシシュポスが使えないのなら、パートナーは解消させてしまおうという雰囲気になったとしても、少しもおかしくは無い。
シシュポスはスパルタを倒すという自らの目的のために、デミトリアスと偽装カップルの関係を築いて神聖隊に入ったが、デミトリアスも何らかの事情があって神聖隊に入りたかった様だ。そのためにシシュポスと偽りの恋人になったのである。
つまり、パートナーであるシシュポスが足を引っ張り、二人して戦場に出るのが期待できないのであれば、デミトリアスにはシシュポスとこれ以上関係を続けるメリットは何処にもない。
そして、シシュポスとの関係を解消したとして、別の男と偽装カップルの関係を結べば、神聖隊はデミトリアスを迎い入れる事だろう。それ程デミトリアスの能力は期待されているのだ。
「いや、何を言っているんだ? これまで俺とお前で上手くやって来たじゃないか。パートナーを解消するなんて、ある訳ないだろう。 問題を解決するためなのはその通りだが、もっと別の……言うなれば特別訓練だ」
「特別訓練ですか?」
シシュポスは安心した。身体能力に劣るシシュポスは、入隊してから過酷な訓練をデミトリアスから受け続けてきた。しかし、それによって周囲の者達に追いつき、今では一目置かれる様になっている。
デミトリアスの訓練なら、どれだけ過酷な物であっても、何の不安も無く信頼して受けることが出来る。そう思えるのだ。
「その通り。取り敢えず、服を全部脱げ」
「……え? ええぇぇっ!」
前言撤回、不安になった。




