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第18話「ファランクス」

 武器を使用した個人での戦闘訓練がある程度されると、当然の事ながら次は集団での戦闘訓練が始まる。


 これまでは個人ごとに自由に剣や槍を振り回していたが、これからは皆で隊形を組み、タイミングを合わせて戦う術を磨いていく事になるのだ。


 さて、古代ギリシアにおいて、主力となるのは重装歩兵であることは、この物語の序盤の方ですでに述べた。ここで少しその重装歩兵の戦い方について解説する。


 重装歩兵は、その名の通り重装備に身を包んだ兵士であり、金属製の鎧兜や、金属で補強した盾を装備している。この防御力は凄まじく、銃火器が存在しないこの時代において彼らを倒すのは至難の業であった。


 重装歩兵とは対照的な兵種として軽装歩兵がいるが、彼らは皮や布の鎧しか装備しておらず、防御力は非常に低い。場合によっては裸で戦う者すらいる。古代ギリシアにおいて武装は自前で揃えるものであるため、資産の少ない市民は当然その様な頼りない武装で戦争に参加する事になるのだ。当然の事ながらまともに敵とぶつかった場合、凄まじい数の犠牲者が出る事になる。


 そして、重装歩兵の戦法は、「ファランクス」という名称で現代にも知られている。ファランクスと言う名前については、世界史の教科書や授業で知っている読者も多いだろう。


 ファランクスの戦い方は、体の半分以上を隠すような大型の盾を持った重装歩兵が、密集隊形を組んで敵と戦うものである。盾を持っている場合、当然盾を持つ左半身は厳重に守られ、武器しか持たない右半身は危険にさらされることになる。だが、大きな盾を持った重装歩兵が密集する事で、本来無防備な右半身は、右隣りに位置する兵士の盾によって守られる事になる。


 この様にしてお互いに弱点を守り合う事で、集団として恐るべき戦力を発揮するのだ。これは、国としての規模では遥かに上であったペルシア帝国軍を少数で打ち破ったことからも証明されている。もちろん、機動力や横からの攻撃に弱いなどの弱点もあるのだが、後の時代になっても改良を加えられながらこのコンセプトの戦法は続いていく。


 シシュポス達神聖隊の新米たちも、当然の様にこのファランクスの戦い方を訓練する事になる。


 このファランクスの戦い方において、最も重要なのは信頼関係や責任感であろう。何故なら、このファランクスの利点は互いに守り合う事である。戦友が自分の弱点を守ってくれているからこそ、安心して思う存分戦えるのである。守りの強さが利点であるファランクスであるが、その守りの強さは思い切った攻撃にも繋がるため、攻撃力も相当なものなのだ。


 もしも、怖気づいて逃げ出す者が居たとしたらそこが弱点になってしまうし、その様な事態になったら信頼関係が崩壊して安心して戦えないだろう。


 その点、神聖隊の兵士達は信頼関係等に関して何の心配も無い。


 神聖隊は愛し合う男達だけで構成されている。つまり、隣り合って守ったり守られたりしているのは、単なる戦友ではなく愛する恋人である。どれだけ勇敢な者にとっても、戦場とは恐ろしいものであり、出来る事なら逃げ出してしまいたいものだ。だが、恋人を置いて逃げ出す者はいない。また、肌が触れ合う程密着して戦うと言う事は、常に恋人に見られていると言う事だ。神聖隊の男達は恋人に自分の格好いい所を魅せようと、常に最大限の力を発揮して勇敢に戦うのだ。


 また、恋人同士だけでなく、他の兵士達も同じ様に同性愛のカップルとして集った親近感がある。


 古代ギリシアにおいては同性愛自体は珍しいものではないが、家の事情や異性にも関心がある等の理由により、純粋なる同性愛を貫く者は少数派だ。だからこそ、真実の愛を貫いていると自負する彼らは、互いに尊重し合い、自分達の生き方に誇りを持っている。そして、その様な男達の集団である神聖隊の名誉を汚すことが無いように、誇り高く勇敢に戦うのだ。


 同性愛の恋人たちが、密着して戦うと聞いて何か妙な関心を抱いた読者の諸姉諸兄もいたかもしれませんが、彼らはその様な純粋な気持ちで戦っているのである。


 多分。


 兎にも角にも、集団での戦闘訓練が始まったのであるが、その時シシュポスにとって困ったことが発生した。


 シシュポスはこれまでの個人での武器の訓練で、抜きんでた才能を発揮した。当然、集団訓練に移ってからも活躍するものと周囲の者達は思っていた。入隊当初は偽装カップルという事情もあり、シシュポスの事を良く思わない者も多かったが、人並外れた努力を重ね、その実力を見せ始めると評価が変わり、今では信頼されているのである。


 だが、シシュポスは密集隊形ではその実力を発揮する事が出来なかった。


 シシュポスは剣や槍の試合において、野に吹く風や流れる水の様な自由な動きで相手を翻弄し、デミトリアス以外の者を次々と打ち倒していった。だが、密集隊形では自由に動き回るわけにはいかない。周囲の者達と動くタイミングを合わせなければならない。束縛された動きでは、シシュポスはその実力を発揮する事ができなかった。


 また、ファランクスでは互いに身を守り合う事が戦法の肝心なところである。だが、シシュポスの身体能力はまだ発展途上である。デミトリアスの指導によりかなり改善されているが、まだ周囲の者達に比べれば、その体つきは貧相なものだ。


 そして、ファランクスにおいては身体能力で劣る者が混じっていると言う事は、そこが部隊の弱点となる。シシュポスも大盾で隣の者を守っているが、そこに強い力が加えられた場合、すぐに態勢を崩してしまう。そうなってしまうともうおしまいだ。そこから隊形が崩れ、部隊としての戦闘力を発揮する事ができなくなってしまう。


 つまり、今のシシュポスは、古代ギリシア最強の戦法であるファランクスに全く向いていないのである。


 既に周囲からは仲間として認められているので、シシュポスの事を悪くいう者は誰もいない。しかし、だからこそシシュポスは自分の不甲斐なさを痛感するのであった。


 何とかしなければならない。そう考えても改善策が思い浮かばず、中々眠れない夜を過ごしてきたある夜、同じ部屋で寝泊まりするデミトリアスから外に出る事を誘われたのであった。

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