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第13話「絆の力」

 愛の力など無い偽装カップルに、深い愛で結ばれた男達が負けるなどあってはならない。


 そう考えたテセウスは、何とか逆転しようとペースを早めようとするが、これまでの疲労が蓄積されて、思うように足が動かない。


 足は鉛の様に重く、心臓の鼓動は早鐘の様で、どれだけ呼吸を早めても苦しいままだ。


 テーバイでも名高い長距離走の選手ではあるテセウスとクレイトスであるのに、デミトリアスは兎も角素人同然のシシュポスがなぜこれ程までに走れるのか。


 デミトリアスが何か特別なトレーニングをシシュポスに施したのか。


 それとも、シシュポスには特別な才能があったのか。


 自分の信じた愛の力は、この程度であったのか。


 そんな思いを巡らせながら、テセウスはシシュポスとデミトリアスの遠ざかる背中を見守るしかなかった。


 何故こうもいとも容易く、あれだけの走りをする事が出来るのだろう。


 そして、テセウスは二人を見ていてある事に気がつく。


 容易くなどないのだ。


 シシュポスは、一定のペースで走り続けているが、このペースはデミトリアスの掛け声に完全に合わせている。そこには、何か個人の意思は感じられない。


 純粋にデミトリアスの掛け声にその身を委ねている。


 よほど相手の事を信頼しなければ、そんな事は出来はしない。


 また、デミトリアスの声はもうガラガラで、普通なら声を出すのも辛いはずだ。当然である。日の出と共にスタートしてからもう数時間経過しているのだ。それだけの長時間、大声を出し続ければ声が枯れるのは当たり前である。


 デミトリアスにとって、シシュポスは愛の通わない偽りの恋人のはずである。そのシシュポスのために我が身を削って、何故これだけ尽くす事が出来るのか。


 デミトリアスはシシュポスが入隊する時に、「一目惚れ」などと言っていたらしいが、そんなのはデマカセのはずだ。


 神聖隊には多種多様な男同士の恋人達が在籍しているが、彼らと比べてみても、シシュポスとデミトリアスの間に愛情があったなどとは思えない。


 だが、彼らの入隊を認めたクレイトスは、これから育っていく愛もあると言っていた。テセウスはその様な曖昧なものが、真実の愛で結ばれた男達だけの集団である神聖隊に入り込むのを許容してこなかった。


 だが、認めざるを得ない。この二人の間には、未だに愛と呼べないかもしれないが、確かに絆が育まれている事を。


 そして、その絆は今、長年の恋人関係にあったテセウスとクレイトスを圧倒しているという事を。


「テセウス! まだだ。これくらいで俺とお前が終わるわけないだろう? ついていくぞ!」


 敗北を心の中で認めてしまったテセウスを、共に走るクレイトスが叱咤した。まるでテセウスの心の内を見透かしている様なタイミングではあった。


 いや、見透かしているのだろう。二人の心は、小さな頃から通じ合っているからだ。テセウスの考えている事など、クレイトスにはお見通しなのだ。


「当然だ、クレイトス。最後に勝つのは俺たちに決まっている!」


 クレイトスの叱咤に、テセウスは奮起した。愛する者の前で、弱気な姿など、見せられない。たとえ勝利の可能性が低くても、最後まで誇り高く、勇敢に戦わねば、恋人に対して申し訳が立たない。


 自分の事を愛してくれた事を後悔させてはならないのだ。


 ここから、テセウスとクレイトスの組は、シシュポスとデミトリアスの組に食らいついていく。


 ペース配分を考えていなかったため、既に体力の限界がきているはずだが、そんな限界は突破して走り続ける。


 まさしく愛の力だ。


 ここから先は、先行するシシュポスとデミトリアスの組の後に、テセウスとクレイトスの組が追いかける構図が続き、ついにはデルポイの神殿の手前まで辿り着く。


 既に太陽は傾き、日差しは弱まってきている。だが、走り続ける二組の男達を包む熱気はますます強まっている。また、彼らを応援する近隣の住民や巡礼に来た旅人達も、シシュポス達の熱が乗り移ったかの様に盛り上がっている。


「最後だ!ついてこい!」


 前方に聳え立つデルポイの神殿と、その前にゴールを示す旗が見えてきた時、デミトリアスはラストスパートをかけた。


 これまでシシュポスにペースを合わせていたのだが、本来のデミトリアスの走力は並ではない。あっという間に遠ざかっていった。


 これに合わせて、残されたシシュポスと、テセウスとクレイトスの組もラストスパートに入る。


 テセウスとクレイトスの組は一気に加速したよ元々彼らは陸上競技の優秀な選手だ。元々の速度が段違いだ。


 それに比べてシシュポスは、超長距離の持久力こそあるが、短距離走のスピードには欠けている。今先頭を走っているのは、ゆっくりでも一定のペースで走り続けるデミトリアスの作戦のおかげなのだ。


 シシュポスは必死で速度を上げようとするが、速度を出すための筋肉はまだ発展途上だし、フォームの練習も足りていない。


 すぐに後ろからテセウス達の足音が迫って来る。


 もうこれまでか、という思いが心を支配する。そして、もう十分ではないかという考えも浮かんでくる。


 確かに、ど素人だったシシュポスが、長距離走競技の強豪相手にここまで戦ったのだ。決して負けても恥では無い。それに、精強をもって知られる神聖隊の兵士達のほとんどを抑えての2位である。最早シシュポスの事を嘲る者はいないはずだ。もう手を抜いてしまったとしても、問題は無いだろう。


 だがその瞬間、先行してゴールしたデミトリアスが、こちらを見ているのが目に入って来た。


 その目は、シシュポスの勝利を信じ、早くゴールして共に勝利の栄光を分かち合おうと言っている。


 デミトリアスは何も言わないが、シシュポスはそう捉えた。


 自然と体が動き、加速していく。


 もう限界だと思っていたのに、それを突破して足が動く。肺や心臓の苦しさも、足の痛みももう気にならない。


 加速したシシュポスは、一気にテセウスとクレイトスを引き離し、一筋の流星の様に突き進んだ。


「デミトリアス、シシュポス組、一着!」


 ゴールで待ち構えていたディオスドトス将軍が、シシュポス達の勝利を宣告した。


 それと同時にシシュポスは、デミトリアスの胸に飛び込んでいった。

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