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勇者と魔王とお前と俺。  作者: 雪空
必要なこと、やりたいこと
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9/23

期限

翌日の午後。

アルバートが部屋へ戻ると、侍女が一通の手紙を持って待っていた。


白い封筒。

封蝋には王家の紋章が押されている。


「王都からです」


アルバートは手紙を受け取った。


「誰から」

「エレオノーラ殿下付きの侍従から、ということになっています」

「なってる」

「はい」


アルバートは封を切る。


便箋は二枚。

書かれているのは、王都の近況だった。


庭園の薔薇が今年は早く咲いたこと。

城下では焼き菓子の店が流行っていること。

国王は変わりなく政務にあたっていること。

王都では朝晩に少し冷える日が増えたこと。

最後には、遠く魔族領へ嫁いだ王女の身体を気遣う言葉まで添えられている。


どこから見ても普通の手紙だった。


アルバートは一度、最後まで読む。それから最初に戻った。


「……」


文章をもう一度追う。

今度は内容ではなく、位置を見る。


行。文字数。句読点。

決められた場所だけを拾う。


一行目。三行目。次は二行飛ばす。不要な文字を捨てる。

残ったものだけを読む。


――任務状況ヲ確認スル。


アルバートは次へ進む。


――次ノ新月ノ夜マデニ実行ヲ確認デキナイ場合、


そこで一度、指が止まった。

そのまま続きを読む。


――第二案ヘ移行スル。


アルバートはしばらく便箋を見た。

もう一度読む。変わらない。


「何かありましたか」


侍女が訊く。


「期限が決まった」

「期限?」

「次の新月」


侍女の表情がわずかに強張る。

アルバートは便箋を畳んだ。


「それまでに実行を確認できなければ、第二案に移る」

「第二案とは」

「知らない」

「……書かれていないのですか」

「うん」

「事前にも?」

「聞いてない」


侍女が黙る。

アルバートは手紙を見る。


第二案。

暗殺が失敗した場合。自分が死んだ場合。連絡が途絶えた場合。

……その後、王国側がどうするのか。


考えたことはあった。ただ、自分の役目ではない。

だから聞かなかった。

必要なら、そのとき指示が来る。


「確認とは、どういう意味でしょう」


侍女が言う。アルバートは少し考えた。


「多分、ヴァルターが死んだと分かればいい」

「王都からでも?」

「流石に魔王が死ねば隠しきれない」


国が動く。軍が動く。城が動く。

王が表に出なくなる。

……それだけで十分だ。


「それまでに、ということですね」

「うん」


アルバートは窓の外を見る。少し欠けはじめた月が、空に浮かんでいた。


「あと何日」


侍女が日付を答える。アルバートは頭の中で数えた。

十数日。魔王を殺すだけなら、十分のはずだ。


「アルバート様」

「何」

「どうされるのですか」


アルバートは侍女を見る。

質問の意味が少し分からなかった。


「殺す」


侍女が黙る。


「そのために来たから」

「ですが」


言葉が止まる。アルバートは待った。


「……いえ」

「そう」


手紙を机に置く。

やることは変わらない。

期限がついただけ、第二案があると分かっただけ。

知らないものは考えようがない。


だから今考える必要はない。そう判断した。


     *


夕食の席で、魔王がこちらを見た。


「何かあったか」


アルバートが顔を上げる。


「何で」

「静かだ」

「いつも静かだろ」

「今日は考えている顔をしている」


アルバートは少し考えた。


……隠す必要はない。

魔王は、自分が暗殺者だと知っている。任務が続いていることも知っている。


「王都から手紙が来た」


魔王の手が止まる。


「内容は」

「表向きは季節の挨拶」

「表向きは?」

「暗号が入ってた」


魔王は食器を置いた。


「何と」

「次の新月まで」

「……何が」

「お前を殺す期限」


少しの沈黙の後、魔王がゆっくり息を吐いた。


「随分と気軽に言うな」

「隠しても仕方ないだろ」

「それはそうだが」


魔王はアルバートを見る。


「期限を過ぎれば?」

「第二案に移る」

「第二案?」

「知らない」


ヴァルターの眉が寄る。


「知らない?」

「書いてなかった」

「事前にも聞いていないのか」

「うん」

「失敗した場合の処理を?」

「俺の役目じゃないから」


魔王は少し黙った。


「お前から王都へ連絡は?」

「できない」

「問い合わせも?」

「無理」

「第二案の内容を確認する手段は」

「ない」


魔王が目を閉じる。


「……なるほど」

「何」

「いや」

「言いたいことあるだろ」

「ある」


即答だった。アルバートは待つ。


「お前が失敗した場合に何が起きるのかも知らされていない」

「うん」

「期限だけは決められる」

「うん」

「連絡手段もない」

「そう」


ヴァルターはしばらく黙っていた。


「それでよく平然としていられるな」

「何を気にするんだ」


魔王の表情が少し険しくなる。


「第二案がお前を巻き込むものだったら」

「その時はその時」

「この城を巻き込むものだったら」


アルバートは少し止まった。


「……分からない」

「そうだろうな。知らされていないんだから」


ヴァルターの声は低かった。アルバートは黙る。

ヴァルターは一度息を吐いた。


「お前の国は、本当に」


そこで言葉を止める。


「何」

「今言っても仕方ない」

「そう」


アルバートは食事に戻る。


鹿肉の煮込みだった。

少し前に、好きだと分かったもの。

一口食べる。美味しい。

次の新月までにヴァルターを殺せば、ここで食事をすることはなくなる。


アルバートはもう一口食べた。

紅茶の名前を訊くこともない。

昨日の鍛冶場にも行かない。

あの短剣をもう一度持つこともない。

ヴァルターと戦うこともない。


スプーンが止まる。


「どうした」

「別に」


また食べる。美味しい。


また食べたいと思った。

昨日の短剣も、もう一度持ってみたい。

ヴァルターとも、また戦いたい。


「……」


それと任務は別だった。


「期限はいつだ」


魔王が訊く。


「次の新月の夜まで」

「あと十数日か」

「うん」


魔王はしばらくアルバートを見ていた。


「それでもやるのか」

「やる」

「次の新月までに」

「うん」


迷う理由はなかった。

ヴァルターを殺す、それが任務だ。


「……そうか」


魔王はそれ以上何も言わなかった。

アルバートも食事を続ける。


鹿肉の煮込みは美味しい。また食べたい。

鍛冶場にもまた行きたい。

あの短剣も、もう一度持ちたい。

ヴァルターとも、また戦いたい。


全部、本当だった。


それでも魔王は殺す。


それはそれ。これはこれだった。

必要だから、次の新月までに殺す。

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