鍛冶
翌日の昼過ぎ。
アルバートは城の一角を歩いていた。
隣にはヴァルターがいる。
「どこに行くんだ」
「着けば分かる」
「昨日も似たこと言ってなかった?」
「言っていない」
「そう」
城の奥へ進む。
普段通る区画とは少し雰囲気が違う。
石床には細かな傷が多く、壁際には木箱や資材が積まれている。
人の出入りも多い。
兵士。職人。荷物を運ぶ者。
……それから、金属を打つ音。
アルバートが足を止めた。
「……鍛冶場?」
ヴァルターがこちらを見る。
「分かるか」
「音で」
「そうか」
アルバートは少し先を見る。
開いた扉の向こう。
熱。鉄。火花。金属の匂い。
「入るぞ」
ヴァルターが言う。アルバートはすぐ後についていった。
*
中は思ったより広かった。
炉がいくつも並び、その周囲で職人たちが働いている。
剣。槍。鎧。金具。
壁には完成品らしい武器も並んでいた。
アルバートの視線がそちらへ向く。
「……」
ヴァルターが気づき、小声で話しかける。
「見たいか」
「別に」
「見ているだろ」
「見てるだけ」
「それを見たいと言うんじゃないのか」
アルバートは少し考えた。
「……見たい」
「そうか」
ヴァルターが少し笑い、そのまま壁際へ向かう。
職人が一人、二人に気づいて頭を下げた。
「陛下」
「少し倉庫を借りる。仕事は続けろ」
「承知しました」
ヴァルターに促され、工房に併設された武器庫へ入る。
扉が閉じると、金属を打つ音が少し遠くなった。
壁には完成品らしい武器が並んでいる。
アルバートは並んだ剣を見る。
形は人間側と大きく変わらない。
ただ。
「これ」
「何だ」
「鍔が小さい」
「そうだな」
「何で」
「魔術を併用する者が多いからだ」
アルバートがヴァルターを見た。
「片手を空ける?」
「それもある。あとは、受けるより逸らす者が多い」
アルバートは剣を見る。
「……なるほど」
一本手に取る。
軽い。柄は少し長い。刃は薄い。
「重心、前だな」
「そうなのか」
「持てばわかる」
剣を軽く振る。
一度。二度。止める。
「振り切る前提で、受け続けるには向かない」
「と聞いている」
ヴァルターが答え、興味深そうな顔をした。
「鍛冶もするのか」
「昔は手伝った」
「今は?」
「勇者だからしない」
答えつつアルバートは剣を戻した。
「でも使えば分かる?」
「ああ」
次の一本。少し重い。
「これは?」
「対大型種用だ」
「大型種」
「体格の大きな魔族や魔獣相手に」
アルバートは握る。
「重い。でも振れないほどじゃない」
ヴァルターが眉を上げる。
「今の身体で?」
「振るだけなら」
「使えるとは」
「言ってない」
アルバートは構えを変える。
「一撃は重い。でも戻しが遅い。当てた後に止まる」
「そこは威力優先の設計だ」
「ふうん」
アルバートは少しだけ楽しそうに剣を戻す。
ヴァルターがそれを見ていた。
*
さらに奥へ進む。
そこには完成品ではなく、途中の剣が並んでいた。
刃だけ。柄だけ。まだ研がれていないもの。
アルバートは一本を見る。
「これ、変な形してる」
ヴァルターが近づいて説明する。
「魔力を流す前提のものだ」
「どこに」
「刃全体に」
「何のため」
「術式の補助のためだ」
アルバートが眉を寄せる。
「剣に?」
「魔力を流して刃の硬度を上げたり、特定の術式を安定させる機構がある」
アルバートは剣を見る。
「……剣に魔術を乗せる?」
「珍しいか?」
「人間側にもある。でも」
アルバートは少し考える。
「もっと別物」
「別物?」
「剣は剣。魔術は魔術」
「使えるものは組み合わせるべきだろう」
アルバートはもう一度剣を見る。
魔術を使うための剣。剣として使うだけではない。
「これ、振っていい?」
ヴァルターは頷いた。
「壊すなよ」
「壊さない」
アルバートは受け取る。
軽く振る。
重心。返し。柄。
違和感。
もう一度、少し角度を変える。
「……面白い」
ヴァルターがアルバートを見る。
「今何と言った」
アルバートが剣を止める。
「面白い」
「珍しいな」
「何が」
「お前が自分からそう言うのが」
アルバートは黙る。
そうだろうか。分からない。
ただ、
「これ、剣としては少し変」
「気になる?」
「うん」
「何が」
「魔術を使う前提で、形が決まってる」
アルバートは剣を返す。
「人間側なら、まず剣として成立させることが多い」
「こちらは違う?」
「少し」
「悪い意味で?」
アルバートは少し考えた。
「別に」
「良い意味で?」
また考える。
「……面白い意味で」
ヴァルターが笑った。
*
別の棚。
今度は短剣だった。
アルバートが一本取る。
「これ軽い」
「偵察兵向けのものだ。小柄な者でも扱いやすいようにしてある」
アルバートが握り直す。
「今の身体ならこっちの方が合うかも」
ヴァルターが反応する。
「聖剣ではなく?」
「聖剣は使う」
「なら何故」
「予備」
「必要か?」
アルバートは少し止まる。
言ってからヴァルターも気づいたらしい。
二人とも少し黙る。
「……必要」
アルバートが言う。
「そうか」
「でも」
短剣を見る。
「これ、好きかも」
ヴァルターが目を細める。
「理由は」
「軽い」
「それは性能だ」
「形も」
「形?」
「握りやすい」
「それも性能だろう」
アルバートは眉を寄せる。
「じゃあ分からない」
「別に理由はなくてもいい」
「そうなの?」
「ああ」
アルバートは短剣を見て少しだけ考える。
「じゃあ、好き」
ヴァルターが笑った。
「そうか」
*
工房を出た後、アルバートは歩きながら言った。
「また来てもいい?」
ヴァルターが止まる。
「今何と言った」
「また来たい」
「必要だから?」
アルバートは少し考える。
「違う」
「何故?」
「見たいから」
ヴァルターがしばらく黙った。
「……そうか」
「何」
「いや」
アルバートは首を傾げる。
「変?」
「いや」
「じゃあ何」
「少し安心した」
「何で」
「お前にも、必要以外で動くことがあるらしい」
アルバートは少しだけ眉を寄せた。
「前からある」
「そうか?」
アルバートは少し考える。
鹿肉の煮込み。紅茶。ヴァルターとの戦闘。今見た剣。
……必ずしも必要ではないが、アルバートを動かしたもの。
「……増えてきた」
ヴァルターが笑う。
「それでいいんじゃないか」
アルバートには、まだよく分からない。
ただ、次に工房へ来たらさっきの短剣をもう一度持ってみたいと思った。
必要だからではなく、そうしたいと思ったのだ。




