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勇者と魔王とお前と俺。  作者: 雪空
必要なこと、やりたいこと
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7/23

応酬

夕食からしばらく経った頃。

アルバートは城の奥にある演習場へ来ていた。


昼間、兵士たちが使う訓練場とは違う。

近衛兵が少人数で使うための場所らしく、それほど広くはない。

今は誰もいなかった。


「本当にやるのか」


正確には、向かいに立つヴァルターだけがいる。


「やるって言っただろ」


アルバートは答えた。

王女として着ている服ではない。動きやすい衣服を用意してもらった。

身体そのものはエレオノーラのままだが、長い裾も装飾もない。


「俺は正面から来いとは言ったが、今日来いとは言っていない」

「予定ある?」

「ない」

「じゃあいいだろ」

「お前は本当に……」


ヴァルターは何か言いかけ、諦めたように息を吐いた。

腰の剣を抜く。


アルバートも胸元へ手を当てた。女神アウレリアの紋章が淡く光る。


次の瞬間、光の中から聖剣が現れた。


ヴァルターが目を細める。


「久しぶりに見るな」

「昨日見ただろ」

「印だけだ」

「そうだった」


アルバートは聖剣を握る。


重さ。柄の太さ。刃の長さ。聖剣そのものは変わらない。

違うのは扱う身体だけだ。


腕の長さ。歩幅。重心。筋力。関節の可動域。

――その程度なら、もう把握している。


「始めるぞ」

「ああ」


一瞬。静かになる。


次の瞬間、アルバートが踏み込んだ。

ヴァルターの剣が上がる。

聖剣とぶつかる硬い音。


押し込まない。

今の身体では、真正面から力をぶつける意味がない。


刃を滑らせる。

ヴァルターの剣が僅かに外へ流れる。


その隙間へ身体を落とした。

低く。以前より深く。


腰を捻る。

聖剣がヴァルターの脇腹へ走る。

ヴァルターが退く。刃先が服を掠めた。


「……動きが違うな」

「身体が違うから」

「鈍ってはいないな」

「鈍る理由ある?」


ヴァルターの眉が僅かに上がる。

今度はヴァルターが踏み込んだ。


右から斬撃。

アルバートは避ける。


二撃目。上半身を大きく反らす。

剣が目の前を通り過ぎる。

以前の身体なら、この角度では避けない。


今は違う。腰がよく回る。背も反る。なら使う。

そのまま足の位置を変えずに身体を捻り、返す聖剣をヴァルターの肩へ向ける。


ヴァルターが受けた。

金属音。

距離が離れる。


「今の動き」

「何」

「昔はしなかったな」

「できなかったから」

「……できなかった?」

「今の身体の方が柔らかい」


ヴァルターが一瞬黙る。


「それをもう戦い方に組み込んだのか」

「入れない理由ある?」

「いつ確認した」

「王都にいた時」

「身体が変わって、どれくらいで」

「その日から」


ヴァルターの眉間に皺が寄る。


「何をした」


アルバートは少し考えた。


「走った」

「ああ」

「跳んだ」

「ああ」

「転んだ」

「……何?」

「受け身の確認」

「わざとか」

「当然だろ」

「当然ではない」


アルバートは首を傾げた。


「関節も一通り確認した。どこまで曲がるか、どこから痛むか、どの程度なら無理が利くか」

「限界まで試したのか」

「ああ」

「何故」

「知らない身体で戦う方が危ないだろ」


ヴァルターは額へ手を当てた。


「お前、自分の身体でも同じことをしたのか」

「昔から使ってるから、もっと分かる」

「そういう意味ではない」

「じゃあ何」

「もういい」


アルバートにはよく分からなかった。

――身体の性能を知らなければ、戦えない。それだけだ。


「前より筋力は落ちた」

「だろうな」

「歩幅も短い。腕も短い」

「ああ」

「でも重心は低い。柔軟性は上がった。体重も軽い」


アルバートは剣を構える。


「なら前と同じ戦い方をする必要はない」


ヴァルターがしばらくアルバートを見た。

それから剣を構え直した。


「なるほど」

「何」

「お前らしいと思っただけだ」


次の瞬間、ヴァルターが踏み込んだ。


     *


剣が来る。

アルバートは見る。


肩。肘。手首。腰。足。


ヴァルターの癖は知っている。三度戦った。


だが、知っているからといって、同じ手が来るとは限らない。


ヴァルターの左手に魔力が集まった。


術式。剣と同時。


アルバートは見る。

構造。流れ。負荷。脆い場所。


聖剣を振る。

その瞬間、術式の構造がずれた。


「……またそれ」


アルバートが言う。


「お前が斬るからだ」


ヴァルターが答える。

構成途中の術式へ自ら干渉し、組み替えた。

弱点が移る。

普通ならしない。そもそも、普通はできない。


アルバートは剣の軌道を変える。

新しい脆弱点。斬る。術式が弾けた。

ヴァルターの剣がその隙を狙って来る。

受ける。流す。


離れる。


「相変わらず気持ち悪いな」


ヴァルターが言う。


「何が」

「魔術を剣で壊すところが」

「壊せるから」

「普通は打ち消す」

「魔術使えないし」

「だから剣で斬るという発想になるのがおかしい」


アルバートは首を傾げた。

壊せるなら壊せばいい。

それだけだった。


ヴァルターの左手に再び魔力が集まる。

今度は違う。

さっきと似ているが、構造が最初からずれている。


アルバートは見る。


一瞬。脆弱点。


踏み込む。

ヴァルターの剣が来る。

避ける。

術式が発現する。

熱。

アルバートは聖剣を振った。

崩れる。


だが、完全には消えない。

残った魔力が別方向へ流れた。


「……二段目」

「正解」


ヴァルターが笑う。

アルバートは身体を沈める。

熱が頭上を通る。

そのまま懐へ入る。


この距離なら、術式そのものではなく術者と世界の接点が見える。

魔術が現実へ現れるその境目。聖剣を振る。


ヴァルターが即座に術式を崩した。

発現前に自分で捨てる。

アルバートの剣が空を切る。


そのまま首へ。

ヴァルターが仰け反る。

刃先が喉元を掠める。


距離が離れた。


しばらく、二人とも動かなかった。


「……今」


ヴァルターが言う。


「術式を狙ったな」

「ああ」

「首を斬れた距離で?」

「どっちでもよかった」

「どっちでもよくはない」

「止めた方が次につながるかと思って」

「その判断を一瞬でするな」


アルバートは少し考える。


「するだろ」

「しない」

「そう?」

「そうだ」


ヴァルターは深く息を吐いた。

だが、笑っていた。


     *


再び剣を交える。

ヴァルターはアルバートの癖を知っている。


だから利用する。

以前なら、右へ誘えばアルバートはそこで一歩踏み込んだ。

ヴァルターの剣が先に動いた。

待っていた軌道。

アルバートは見た。


読まれている。

なら、踏み込まない。

身体を沈める。今の身体だから取れる角度。

剣の下へ潜る。

足を払う。


ヴァルターが跳ぶ。

そこへ聖剣を返す。

空中でヴァルターが身体を捻る。


着地。距離を取る。


沈黙。


「……今の」

「何」

「前のお前なら踏み込んだ」

「ああ」

「読んでいたんだが」

「分かったから変えた」

「いつ」

「今」


ヴァルターが黙る。


「今?」

「ああ」

「今の一回で?」

「お前、俺が前と同じ動きをすると思って待ってただろ」

「……」

「だからやめた」


ヴァルターが小さく息を吐いた。そして笑った。


「それだ」

「何が」

「それが嫌だった」

「嫌?」

「戦場でもそうだった。一度見せた手が、次には通じない」

「通じたら困るだろ」

「普通はもう少し時間がかかる」


アルバートにはよく分からなかった。


見る。覚える。次に備える。対処する。通じなければ変える。

それだけだ。


だが、ヴァルターも同じだった。

アルバートに見切られた術式を、そのまま二度使わない。


脆弱点を移す。発現のタイミングをずらす。剣を混ぜる。二段目を仕込む。


読まれたら、変える。


アルバートはふと気づく。


「お前も同じだろ」

「何が」

「一回見切った術、そのまま使わない」


ヴァルターが笑った。


「使ったら斬るだろう」

「ああ」

「だから変える」

「それなら同じじゃないか」

「一緒にするな」

「何で」

「俺はお前ほど早くない」


アルバートは少し眉を寄せた。

そうだろうか。

少なくとも今まで戦った相手の中でヴァルターほど長く、アルバートの見切りについてきた相手はいなかった。


――同じ技を潰せば、違う技が来る。

――違う技を見切れば、組み合わせを変える。

――それも見れば、さらに変える。


終わらない。それが、


「楽しい」


アルバートは言った。

ヴァルターが止まった。


「……何?」

「楽しい」

「何が」

「お前と戦うの」


今度はアルバートが少し考える。

大抵の相手は見れば終わる。二度目には対処できる。

そこから先は、ただ同じことを繰り返すだけになる。


ヴァルターは違う。

見た後に変わる。その変化をまた見る。

それが、


「嫌いじゃない」


ヴァルターが少しだけ目を見開いた。

それから、笑った。


「それは光栄だな」

「殺す相手だけど」

「ああ」

「関係ある?」

「お前にはないんだろうな」

「ない」


即答すると、ヴァルターはまた笑った。


     *


しばらくして、ヴァルターが剣を下ろした。


「今日はここまでだ」

「まだ決着ついてない」

「つける気か?」

「そのためにやってる」

「本気で決着をつけたら、どちらか死ぬ」

「ああ」

「今日は死ぬ予定はない」


アルバートは眉を寄せる。


「予定?」

「仕事が残っている」

「明日なら?」

「そういう問題ではない」

「じゃあいつ」


ヴァルターが黙る。


「……お前」

「何」

「本当に俺を殺す気はあるんだな」

「ああ」

「これだけ楽しそうに剣を振っておいて?」

「関係ある?」


今度はヴァルターが黙った。

アルバートには分からない。

楽しいことと。殺すこと。任務は別だ。


「ないのか」

「ないだろ」

「そうか」


ヴァルターは何か考えるような顔をした。

それから剣を鞘へ戻す。


「次は予定を決めてからにしろ」

「いつ空いてる?」

「今聞くな」

「何で」

「仕事に戻る」

「じゃあ後で聞く」

「……好きにしろ」


アルバートも聖剣を胸元へ戻した。

光が消える。


演習場を出ようとして、ふと振り返る。

ヴァルターはまだそこにいた。


「何だ」

「いや」


アルバートは首を振った。


戦場で三度、ヴァルターと戦った。

相手の動きを覚えた。癖を覚えた。術式を覚えた。


殺すために。


今日も同じように見ていた。

けれど、少し違った。

見切れば終わる相手ではない。

ヴァルターもまた、アルバートが見た後に変わっていく。


……それが何を意味するのかは分からない。

ただ、次に戦えば今日とはまた違うものが見られる。

そう思うと、少し楽しみだった。


「……次は勝つ」


アルバートが言う。ヴァルターが笑う。


「俺の台詞だ」

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