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勇者と魔王とお前と俺。  作者: 雪空
必要なこと、やりたいこと
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5/23

正体

「勇者アルバート・シュミットについて、分かったことを」


翌日の午後。

執務室でヴァルターがそう言うと、向かいに立つ男は数枚の書類を机へ置いた。


「二十四歳。平民出身。剣士。現勇者。王都を拠点としておりますが、戦況に応じて各地を転戦していたようです」

「王女との接点は」

「あります」


ヴァルターが顔を上げる。


「どの程度だ」

「勇者任命後は頻繁に王城へ出入りしております。王族との面会記録も複数。エレオノーラ殿下とも面識があったと見てよいかと」

「それだけか」

「現時点では」


男がもう一枚、紙を差し出した。


「身体的特徴についてもまとめております」


ヴァルターは受け取る。


勇者アルバート・シュミット。


白銀の髪。

灰青の瞳。

右利き。

人間の男にしては少し高め。


そして。


「心臓の上に女神アウレリアの紋章、か」

「はい。歴代勇者と同じかと」


ヴァルターは紙面を見つめた。

城下で一瞬だけ見えたもの。

……王女の胸元。白い肌の上に覗いた、痣のような紋様の位置も同じだった。

色もよく似ている。形のすべてまでは見えなかった。


――だが、偶然にしては、似すぎている。


「人間側で姿を変える魔術がある可能性は?」


男が少し眉を上げた。


「肉体の変化は負担が多く、人間には手に余るかと」

「肉体の負荷を除外するのであれば?」


男が黙る。


「理論上は可能です。ただし存在するとすれば王族や神殿が秘匿しているレベルでしょう。幻術のように見せかけるのではなく、肉体そのものを書き換えるとなれば、対象には相当な負担がかかるはず」

「解除は?」

「……術式によります」


ヴァルターは書類を机へ置いた。


「神殿もしくは王族の魔術師を調べろ」

「承知しました」


男が退出する。

一人になった執務室で、ヴァルターは椅子へ深く腰掛けた。


……馬鹿げた考えだ、王女が勇者に似ているなど。

兵士を見る目。戦場の話。兵站。北部戦線。胸の印。

一つ一つは些細なことであろう。ただ、戦場で三度剣を交えた勇者と、目の前にいる王女には似ているところが多すぎた。


     *


その頃、アルバートは本を読んでいた。正確には、読むふりをしていた。

王女の私室。窓際の椅子に座り、膝の上には歴史書。三十分ほど頁は一枚も捲られていない。


――ここ数日、魔王の視線が変わった。

最初は単純な観察。最近は何かを確かめるように見る。


「エレオノーラ様」


侍女に呼ばれて顔を上げる。


「はい」

「先ほどから同じ頁ですが、如何されましたか?」


アルバートは少し考えた。言う必要はない。


「特には」

「そうですか」


侍女は壁際に戻っていく。

アルバートは本へ視線を戻した。


――どこまで気づかれているだろうか。

剣の知識。戦場の話。笑い方。

……胸元の印。


最後のはまずい。胸元に女神の印があるのは勇者だけだ。

聖剣を持つ勇者は、胸元に聖剣を収納するために女神の印が浮かび上がる。

無論、魔王なら戦場で見ている可能性がある。

アルバートは無意識に胸元へ手をやった。


その時、扉が叩かれる。


「エレオノーラ姫」


ヴァルターの声だった。アルバートは手を下ろす。


「どうぞ」


扉が開く。魔王は一人だった。

侍女が一礼すると、魔王は退室するよう促した。

アルバートが大丈夫です、と頷くと彼女は部屋を出ていく。


扉が閉まる。二人きりの空間。

魔王はすぐには話さなかった。


戦場なら、この沈黙の次に来るものは想像がつく。

この距離なら、即座に放てるよう構成した魔術であることが多い。剣で牽制をしてくることもある。


だが今は分からない。


「エレオノーラ姫、一つ聞きたい」

「何でしょう?」

「勇者アルバート・シュミットを知っているな」


一瞬呼吸が止まった。


「はい」

「どの程度顔を合わせたことがある?」

「王城で何度か」

「親しいのか?」

「いいえ」

「そうか」


魔王の視線は動かない。

アルバートはいつものように微笑む。練習した通りに。


「勇者がどうかなさいましたか?」

「少し気になってな」

「何がでしょう」

「お前と似ている」


沈黙。アルバートはすぐには答えなかった。


「……どこが?」

「剣を見る目」


ヴァルターが一歩ずつ近づいてくる。


「戦場の話、兵站、北部戦線……どれもお前が話した話だ」


手を伸ばせば届く距離。アルバートは動かない。


「それと」


魔王の視線が胸元へ落ちる。


「その印」


アルバートは反射的に胸元を押さえた。見られていたか。

魔王の目が細くなる。


「やはりあるのか」

「何のことでしょう」

「その胸元にあるものだ」

「……生まれつきの痣です」


「そうか」


魔王がさらに一歩近づく。

アルバートは今度こそ立ち上がった。距離が近すぎる。


「陛下、女性の胸元をじろじろ見るのは」

「お前、そういう言い訳もするのか」

「……」

「意外だ」


疑われている、程度ではない。ほとんど確信を握っている様子だった。


「一つ、試してみるか」

「何をですか」


魔王が腰の剣へ手をかける。アルバートの身体が先に反応した。

重心が落ちる。右足が半歩引く。視線が刃の軌道を追う。

魔王が止まった。アルバートも止まる。


沈黙。


「……今の構え」

「何でしょう」

「王女の護身術にしては随分と実践的だな」


アルバートは何も言わない。

魔王がゆっくりと剣を抜く。敵意はない。


だが、アルバートの目が変わった。


刃先。肩。腰。足。


魔王の動きを観察するアルバートを魔王も見ている。


「やはり」

「何がですか」

「見覚えがある」


次の瞬間、魔王が剣を振った。

速い。だが、本気ではない。

アルバートは反射的に身体を捻った。


避けつつ一歩踏み込む。

飛び込むならヴァルターの懐。


そこで止まった。自分の手がヴァルターの手首を取る寸前だった。

アルバートはゆっくり手を下ろす。ヴァルターが笑った。


「それだ」

「……」

「戦場で何度も見た」


アルバートは黙る。


「相手の剣を避けて、次の一手で手首を潰しに来る」

「……」

「勇者アルバート・シュミット」


名前を呼ばれるのは久しぶりだった。

この国へ来てから、誰にも呼ばれていない名前だ。


「違うか?」


アルバートはヴァルターを見る。

……もう、誤魔化す意味はないだろう。


「……仮に」


アルバートは口を開く。


「俺がアルバートだったとしてどうする?」


一人称が戻る。ヴァルターの眉がわずかに上がった。


「ようやく戻ったな」

「何が」

「喋り方」


アルバートは口を閉ざした。ヴァルターが剣を鞘へ戻す。


「まずはお前に確認する」

「何を」

「俺を殺しに来たのか」


アルバートは少し考えた。

ここで嘘をつく必要性はある。ただ、意味があるようには思えなかった。


「……そうだ」


答えれば、魔王が目を細める。


「即答か」

「聞かれたから」

「もう少し誤魔化す努力をしろ」

「意味あるか?」

「ないな」


アルバートは首を傾げる。思っていた反応と違う。


「怒らないのか」

「怒ってはいる」

「そう見えない」

「なら俺も表情の練習が必要だな」


どう考えても嫌味だった。


     *


「まず確認したい」


ヴァルターが言う。


「本物の王女は生きているか」

「ああ」

「どこにいる」

「王都」

「無事か」

「多分」

「多分?」

「俺が出てくる時は無事だった」


ヴァルターが眉を寄せる。


「では今も、王都には勇者アルバート・シュミットがいることになっているのか」

「ああ。エレオノーラが俺をやってる」


ヴァルターが止まった。


「……何?」

「俺が王女になってこっちへ来たから、あいつは王都で勇者をやってる」


長い沈黙。


「待て」

「何」

「本物の王女が、勇者アルバート・シュミットとして王都にいる?」

「ああ」

「どうやって」

「幻術」

「幻術?」

「人前に出る時だけ、俺に見えるようにしてる」


ヴァルターの眉間に皺が寄る。


「戦闘能力は」

「ない」

「なら勇者として何をする」

「表に立つ」

「それだけか」

「戦争は終わった。今すぐ勇者が前線へ出る必要はないだろ」


ヴァルターは少し考え、頷いた。


「勇者という象徴が王都に残っていればいいということか」

「そう」

「では、お前も同じなのか」

「何が」

「王女に見えるよう幻術をかけられているだけなのか」

「違う」

「……違う?」

「俺のは身体そのものを変えてる」


ヴァルターの表情がほんの少し変わった。


「解除は」

「多分できない」

「多分?」

「戻すことを想定した術じゃない」


沈黙。


「どういう意味だ」

「そのまま」

「説明しろ」


アルバートは少し考えた。説明するほど複雑でもない。


「魔王の懐に潜り込むのに、幻術じゃ困るだろ」

「見破られる可能性があるからか」

「ああ」

「だから身体そのものを王女にした」

「そうか……なら、任務が終わった後は」

「終わり」

「何が」

「俺の役目が」


ヴァルターが黙る。


「戻る必要がない」

「何故」

「帰還を想定してないから」


今度こそ、ヴァルターは完全に言葉を失った。

アルバートは続ける。


「魔王を殺した後、俺が生きて魔族領を出られる可能性は低い。だから戻す術を用意する意味もない」

「待て、仮に生きて戻ったらどうなる?」

「その時はエレオノーラとして死ねばいい」

「……何?」


アルバートは首を傾げる。


「勇者アルバートは魔王暗殺のために消え、魔王に嫁いだ王女エレオノーラは魔族領で行方不明。その後本物のエレオノーラが王都で姿を表せば、好きなように解釈できるだろ」

「王女の代わりに死ぬ気か?」


沈黙。ヴァルターの顔から、完全に表情が消えた。


「誰が決めた」

「作戦としてそうなってる」

「お前は了承したのか」

「うん」

「何故」

「その方が都合がいいから」


ヴァルターが深く、何かを堪えるように目を閉じた。やがて低い声で言う。


「……つまり、だ。本物の王女は、幻術で必要な時だけお前の姿を借りる」

「そうだ」

「だが、お前は肉体そのものを王女へ変えられた」

「ああ」

「戻す手段も用意されていない」

「多分」

「暗殺成功後の帰還も想定されていない」

「そう」

「仮に帰還しても、本物の王女の代わりに死ぬ」

「そういうことになる」


ヴァルターはしばらく黙った。それからアルバートを見て言った。


「王女はお前の役目を借りているだけだ。お前は人生ごと差し出している。……それは等価ではない」


アルバートには、何をいわれているのかわからなかった。


「必要だからやっただけだ」

「またそれか」


ヴァルターの声が低くなる。


「必要なら何でもするのか、お前は」

「必要なら」

「自分が死ぬことも」

「必要なら」

「戻れなくなることも」

「必要なら」

「他人の人生を被ったまま死ぬことも」

「必要なら」


ヴァルターはしばらくアルバートを見た。アルバートも見返す。

……怒っている。


「お前」


ヴァルターが言う。


「自分が死ぬことを、判断材料にいれてないのか」


アルバートは何も答えなかった。それで十分だったらしい。

ヴァルターが小さく息を吐く。


「……そうか」


     *


しばらく沈黙が続いた。

アルバートは処遇を待つことにした。

処遇を。拘束か。殺害か。追放か。

やがてヴァルターが口を開いた。


「この件は公表しない」


アルバートは瞬きをした。


「……何故?」

「今ここで、お前が偽物だったと発表して何になる」

「人間側が和平を破ったと」

「なるだろうな。そして戦争が再開する」


ヴァルターの声は冷静だった。


「俺はそれを望んでいない」


アルバートは黙る。


「婚姻も維持する」

「俺と?王女じゃないのに」

「知っている」

「男だ。……今は女だけど」

「面倒だな。公の場ではエレオノーラとして振る舞え」

「分かった」

「私生活では好きにしろ」

「好きに?」

「その喋り方でいい。俺の前で王女を演じる必要もない」

「……いいのか」

「今更だ」


ヴァルターが言う。


「ただし」

「何」

「俺を殺すなら」


アルバートはヴァルターを見る。魔王は真っ直ぐこちらを見ていた。


「寝込みを狙うな」

「……」

「毒もやめろ」

「何で」

「気に入らん」

「暗殺なんだけど」

「知るか」


ヴァルターが剣の柄へ手を置く。


「勇者なら、正面から来い」


アルバートは少しだけ目を見開いた。

戦場で三度殺し合い、決着がつかなかった。

あの頃と同じ顔だった。


アルバートは考えた。正面から殺せばいいだけだ。


「分かった」


ヴァルターが目を細める。


「本当に分かったのか?」

「正面から殺せばいいということだろ」

「そこだけは理解が早いな」


アルバートには、褒められたのか分からなかった。

ただ少し。戦場で話していた頃の方が分かりやすいと思っていた男が、以前より分かる気がした。

一人でずっと現代ダンジョン世界パロディ考えてた

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