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勇者と魔王とお前と俺。  作者: 雪空
必要なこと、やりたいこと
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3/23

食事

太陽が中天に差しかかる頃に、侍女に声をかけられる。


「エレオノーラ様、昼食のお時間です」

「分かりました」

「本日は陛下もご一緒されるそうです」


アルバートは少しだけ考えた。

厨房の女に頼まれていたことを思い出す。

魔王が食事を忘れないよう見張れ、と。


「では、行きます」


侍女が小さく頷く。


「魔族の食事が口に合うとよいですね」

「食事であれば問題なく食べられます」

「……そうですか」


侍女にまた妙な顔をされた。アルバートは目を瞬かせる。

……最近こういうことが多い。


     *


食事室にはすでに魔王がいた。

「来たか」

「お待たせしました」

「いや。俺も今来たところだ」


広さはさほどでもない。

だが、壁には金の縁取りが施され、深い色の絨毯が床を覆っている。窓には厚手のカーテンが下がり、中央の長卓には銀器と白い陶器が整然と並べられていた。


「普段はこちらで?」

「いや。執務室で済ませることも多い」

「それで厨房の方に怒られるのですね」


魔王がこちらを見る。


「あれは大袈裟だ」

「昨日は果物とナッツだったと」

「食べているだろう」

「食事とは呼ばないそうです」

「お前はどちらの味方なんだ」

「監視役ですので、少なくとも陛下の味方ではないかと」


魔王が少しだけ眉を寄せた。


「律儀だな」

「頼まれましたから」

「そうか」


料理が運ばれてくる。

肉を煮込んだもの。硬いパン。香草の入ったスープ。

人間の国で出てくるものと似たものだが、少し香りは違っていた。


「口に合わなければ言え」

「食べられないものはありません」

「そういう意味ではない」


アルバートは手を止める。ヴァルターがこちらを見ていた。


「好き嫌いの話だ」

「ありません」

「本当に?」

「おそらく」


アルバートは少し考えた。

嫌いなもの。食べられないものではなく、嫌いなもの。

……そう聞かれると、すぐには思いつかなかった。


「……考えたことがありません」

「食事について?」

「はい」


魔王が妙な顔をした。侍女もよくする顔だ。


「人間の王女は皆そうなのか」

「いいえ」

「そこは即答するんだな」


本物のエレオノーラなら、きっといくつか答えられるだろう。

エレオノーラなら紅茶の茶葉と砂糖の量にも好みがあるらしい。

ならきっと食事にもいくらか好みがあるのだろう。

アルバートにはよく分からない。


「これは?」


魔王が煮込み料理を指した。


「何ですか」

「この地方でよく食べるものだ。鹿肉を香草と酒で煮込んである」

「食べたことはありません」

「なら食べてみろ」


アルバートは一口食べた。

柔らかい。少し酸味がある。香草の匂いは強いが、嫌ではない。


「どうだ」

「食べられます」


魔王が目を細める。


「……違う」

「?」

「美味いか、不味いかを聞いている」


アルバートはもう一口食べる。さっきより少しゆっくり噛んでみた。


「……美味しい、と思います」

「思います?」

「はい」

「何故疑問形なんだ」

「食べられるかどうか以外で、食事を判断するのは久しぶりだったので」


魔王が黙った。アルバートは首を傾げる。


「何か妙なことをいいましたか?」

「いや」


魔王は小さく息を吐いた。


「何も」


アルバートは今度は先ほどより少し多めに一口食べた。

香草の匂いにも慣れてきた。なるほど、……これは多分、好きなのだと思う。


「……これは好きかもしれません」


口に出すと、魔王が一瞬だけ止まった。


「そうか」

「はい」

「それなら良かった」


それだけだった。けれど、何故か少し妙な感じがした。


     *


「人間の国では、どんなものを食べる」


食事の途中、魔王が尋ねた。


「王都では?」


アルバートは少し考えて答えた。


「肉とパン。あとは野菜、時折魚も食べます」

「随分大雑把だな」

「わかればいいかと」

「味付けは」

「塩と香草が多いです。保存食だと燻製や塩漬けも」


魔王の眉がわずかに動く。


「保存食?」


アルバートは止まった。失敗したかもしれない。


「本で読みました」

「何の本だ」

「……兵站の」


魔王が完全にこちらを見た。

沈黙。


「王女が兵站の本を読むのか」

「……興味があって」

「剣にも?」

「……少し」

「兵站にも?」

「少し」

「随分多趣味だな」

「そうかもしれません」


魔王はしばらくアルバートを見て、それから何事もなかったように食事へ戻る。


「……戦場では、保存の利くものが一番だからな。味は後回しにされる」


アルバートは思わず顔を上げた。


「分かるのですか」

「戦場に出る時は魔王であろうと保存食だ」


魔王も戦場にいる時は保存食らしい。

干し肉を食べる魔王ヴァルターの姿を想像すると、少し面白かった。


「干し肉は?」

「硬い」

「やはり」

「人間側も?」

「硬いです」

「やはりそう変わらんか」


人間も魔族も戦場の干し肉は硬いらしい。


「保存性を優先すると仕方がない。だが歯が折れそうになる」

「水で戻せばまだマシでは?」

「時間がない」

「火で炙るとか」

「敵が近い時に火を焚く気にはなれん」

「それはそうですね」


会話が妙に続いた。

補給。保存食。行軍。魔術師の配置。剣士の動かし方。


気付けば、アルバートの返事は少し早くなっていた。


「北側の戦線では雨が多かったでしょう」

「ああ。泥が酷かった」

「足を取られるので騎兵が使いにくい」

「その分、魔術師を前へ出した」

「苦戦しました」


ヴァルターがこちらを見る。アルバートは止まった。


「……聞いたことがあります」

「誰から」

「将軍から」

「王女が?」

「……はい」


魔王は黙った。何かを間違えたらしい。

だが今度は、すぐに話を変えなかった。


「エレオノーラ姫」

「はい」

「戦場へ行ったことがあるのか」


アルバートはヴァルターを見る。

戦場には何度も行った。目の前の男とも三度殺し合った。

もちろん、それを言うわけにはいかない。


「ありません」

「そうか」


魔王はそれ以上聞かなかった。ただ、その声は少し低かった。


     *


気づけば皿の上の煮込みはほとんどなくなっていた。

ヴァルターはそれを見て頷いた。


「気に入ったようだな」

「そうでしょうか」

「自分で分からないのか」


アルバートも皿を見る。確かに、他の料理より多く食べていた。


「……好きなのだと思います」

「なら覚えておけ。自分の好みだろう?」


アルバートは目を瞬いた。ヴァルターが立ち上がる。


「必要かどうか以外にも、覚えることはある」


最近よく似たようなことを言われている気がする。


「分かりました」

「本当に?」

「多分」


ヴァルターが少し笑った。


「それなら昨日よりは進歩だな」

「そうですか」

「ああ」


魔王が食事室を出ていく。アルバートはしばらく皿を見ていた。


自分は鹿肉の煮込みが好きらしい。

ヴァルターはそれを覚えておくようにいった。


……魔王を殺すためには必要ない。王女を演じるためにも。


けれど、アルバートはもう一度だけ残ったソースをパンにつけて食べてみた。

鹿肉の味が染み込んだソースは変わらず香草の強い匂いがした。


     *


「王女についての資料を集めろ」


執務室へ戻るなり、ヴァルターはそう言った。書類を抱えていた男が顔を上げる。


「人間側から送られてきたものですか」

「ああ」

「何か?」

「確認したいだけだ」


男は少しだけ眉を上げたが、何も言わなかった。


「経歴もだ」

「王女殿下の?」

「そうだ」


今度こそ、男がヴァルターを見た。


「……何をなさったのです、陛下は」

「俺は何もしていない」


ヴァルターは椅子へ腰を下ろす。


王女エレオノーラ・フォン・ハイデンベルク。魔王に輿入れに来た王国の姫。

剣を護身程度に嗜み、兵站や戦場の保存食に詳しく、北側戦線の地形と戦術を知っている。

……そして。

訓練場で兵士の踏み込みを一目見ただけで、問題点を言い当てることができる。


「……妙だな」


ヴァルターは小さく呟いた。

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