照合
ヴァルター視点です
旧鉱区から解析結果が届いたのは、翌日の昼だった。
ヴァルターは執務机の上に広げられた報告書へ目を通す。
回収された術式は五系統。
遮蔽術式。対人検知術式。阻害術式。魔力供給術式。
――そして、死体の使役術式。
そのうち死体の使役術式以外に共通する特徴があった。
「……軍用術式を転用したものか」
呟くと、向かいに立っていた宰相が資料を覗き込んだ。
「軍属の魔族で、ネクロマンシーを使う者はいなかったと思いますが」
「ネクロマンシーはただでさえ偏見の多い術式だ。わざわざ軍属の際に開示する魔族もいないだろう」
それに、問題はネクロマンシーそのものではない。
遮蔽術式も対人検知術式も、基礎となっている構造は珍しいものではなかった。
軍で広く使われていた術式を、用途に合わせて組み替えたものだ。
例えば一部が破壊されても機能を失わないよう複数の経路を持たせる、周囲の術式と干渉しないよう展開範囲を細かく分割する。
あるいは術者が移動しながらでも維持できるよう、魔力供給を外部へ切り離す、等。
……どれも前線ではよく見る工夫だった。
戦場では術式が完成するまで待ってくれる敵などいない。
地形も変わる。味方も動く。
予定していた場所に予定していた対象がいるとは限らない。
――何より、完成した術式を切断してくる勇者がいた。
「……後方勤務ではないな」
ヴァルターは報告書を一枚めくった。
少なくとも、術式を組んだ者は勇者のいる前線を知っている。
そして、もう一つ。
旧鉱区に残されていた魔石の一部は採掘時期の古い北部産だった。
とはいえ、戦時中、魔石は産地に関係なく必要な戦線へ送られていた。
南部に北部産の魔石があってもおかしくはない。
北部戦線で死んだ人間の遺体。
前線運用を前提とした術式。
北部産の古い魔石。
――これだけ重なるなら、調べる価値はある。
「北部戦線への従軍歴があり、前線に配置されて生還している魔術師を洗え」
「軍属経験のあるもののみですか」
「いや。徴用された研究者、技師、民間術師も含める」
魔族で術式を使えない者は少ない。とはいえ、前線に出せる力量のある魔術師となると話が別だった。
前線の消耗次第で、必要があれば研究者も前へ出した。技師に専用の術式を持たせたこともある。
魔族は総じて、人間より魔力の扱いに長けている。
本来の専門外であっても、最低限の術式運用ができる者は多かった。
だからこそ、必要に応じて研究者や技師まで前線へ出すことができた。
「北部第二、第三戦線を優先しろ」
宰相が頷き、資料を持って下がる。
ヴァルターは椅子へ背を預けた。
……北部戦線で前に出ていた魔術師なら、アルバートを比較的近い距離で見ているだろう。
ヴァルターは机の端に置かれた別の資料へ目をやった。
今、その勇者は魔王城にいる。
和平が成立したからといって、誰もがそれを安全だと考えるとは限らない。
*
「北部?」
午後になり執務室へ来たアルバートは、ヴァルターから話を聞くと首を傾げた。
そのまま机の横に置かれた椅子へ座る。
アルバートは今日も本を持っている。内容は最近読み始めた、魔王城の術式設備に関する資料のようだった。
「北部戦線で前線にいた魔術師、覚えはあるか」
ヴァルターが訊く。
「いっぱいいたよ」
「顔や名前まで覚えている者は?」
「ほとんど知らない。認識できる距離まで近づいたら斬ってるし」
当然ではある。
アルバートに必要なのは、どこから術式が出るか、どこを斬れば止まるか。そして誰が術式を使っているかだ。
それさえ分かれば、後は術式と術者を斬ればいい。
「……今回の術者が北部戦線にいたなら、お前を見たことがある可能性が高い」
アルバートは本を閉じた。
「なら、相手も俺に切られる前提で作るだろうね。ちょっと面倒だけど、ヴァルターほどのことをしてこないなら斬れると思う」
通常の術式なら、アルバートに見せること自体が危険だ。
構造を見られる。弱点を探される。斬られる。
一度通じても、次は対応される可能性が高い。
前線でそれを実際に見た者なら、同じ方法をもう一度使おうとは考えないだろう。
「ヴァルターが治ったらまた手合わせしようよ。魔術込みのやつ」
「俺はお前に斬られるために術式を開発しているわけじゃないんだが」
「俺お前の偽装好きだよ」
「……事件の下手人が捕まってからならいい」
「分かった」
アルバートは最近、本当に大人しい。大人しいというよりは、ヴァルターが無理をしないように監視しているというのが近いのだろう。
「ところでアルバート。昨日は休めたか」
ヴァルターは訊いた。
「うん、休んだよ」
「ならいい」
ヴァルターは資料へ視線を戻す。
昨日、旧鉱区で死者と戦ったとアルバートは語っていた。
精神的に負荷がかかりそうな状況だからこそ、休めたのならよかった。
……そう考えていた。
*
日が沈む頃、戦時記録との照合結果が届いた。
候補は十一名。
北部戦線への従軍歴あり。前線配置経験あり。戦後、所在不明または記録不明。
そこから術式構造の類似を確認する。
七名。
さらに、旧鉱区に残されていた魔力制御方式と一致する特徴を持つ者。
二名。
ヴァルターはそれぞれの記録を見る。
一人は戦争末期に死亡。
もう一人。
――エルマー・ヴェイス。
魔術研究院出身の元軍属魔術師。
専門は多重術式、遠隔制御。
北部第二戦線に所属し、前線勤務の経験あり。
戦後は研究院へ戻らず、二年前から所在不明。
「アルバート」
窓際で本を読んでいたアルバートが顔を上げる。
「何?」
「この男に覚えは?」
資料を差し出す。
アルバートは受け取って読む。
「エルマー・ヴェイス?」
所属。
配置。
そこで少し止まる。
「この場所は行ったことある」
「相手は?」
「術者は逃げられた。術式は覚えてる。重ねて切断点をわかりにくくして、その間に逃げられてた」
ヴァルターは資料へ視線を戻した。
多重術式と遠隔制御の複合と考えれば特徴は一致する。
「厄介だったか」
「最初はちょっと苦労した」
「二回目は?」
「見えにくいだけだったから、そんなに」
ヴァルターは息を吐く。
相手も覚えているだろう。
自分の術式を初見で崩され、次には対応されている。
魔術師にとって、これほど嫌な相手も珍しい。
「そいつが犯人?」
「少なくとも、調べる価値はある」
資料を机へ置く。
もしエルマー・ヴェイスが今回の術者なら、戦場のアルバートを知っている。
能力も、危険性も。
そして現在、その勇者は魔王城にいる。
魔族側から見れば、人間側最大の戦力が魔王の居城に常駐しているということになる。
――和平が成立したから安全だ。
そう考えない者がいても不思議ではない。
むしろ、
「ヴァルター」
アルバートが時計を示す。
「一時間」
「……まだ途中だ」
「休憩」
「この資料だけ」
「駄目」
「五分」
「駄目」
「三分」
「駄目」
ヴァルターはアルバートと視線を合わせた。
……折れそうにない。
「分かった」
資料を置く。
アルバートが少し満足そうにする。
勇者、アルバート・シュミットは危険人物であるという評価自体は間違っていない。
ヴァルター自身、アルバートが敵に回れば厄介だと知っている。
戦争中なら、殺すべき相手だった。今でも脅威ではある。
だが、危険であることと、殺す必要があることは同じではない。
ヴァルターは椅子から立ち上がった。
推しカプのいちゃいちゃって難しい




