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勇者と魔王とお前と俺。  作者: 雪空
やりたいこと、できること
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出立

ヴァルター視点2話目 次からアルバート視点です

ヴァルターが負傷してから三日が経った。

治療師の見立てでは経過は順調らしい。


魔力生成器官の損傷は残っているものの、日常生活に大きな支障はない。

術式の行使については依然として制限がかけられているが、少量の魔力を扱う程度なら許可された。


執務についても、一日目の三十分ごとの休憩から、一時間ごとに延長されている。

それ自体は喜ばしい。問題があるとすれば、アルバートが過保護すぎるくらいか。


「一時間」


執務室の長椅子に座っていたアルバートが、本を閉じてこちらを見ている。


「分かっている」

「休憩」

「この資料まで読む」

「一時間」

「あと二頁だ」

「一時間」


三日前から変わらない。


「……分かった」


資料を閉じると、アルバートが満足そうに頷いた。


「うん」

「お前は治療師ではないんだが」

「知ってる」

「なら何故そこまで厳密なんだ」

「心配だから」


傷はまだ治っていない。歩く際の痛みも残っている。魔術の使用も制限されている。

アルバートから見れば、まだ「心配する必要がなくなった」と判断できる段階ではないのだろう。


ヴァルターは椅子の背に身体を預ける。


「休憩中はどこまでなら許される?」

「休む」

「具体的に」

「お茶を飲むならやっていい」


アルバートが立ち上がる。

返事を待たずに、部屋の隅に置かれた茶器へ向かった。


「お前が淹れるのか」

「三日いるから覚えた」

「三日で覚えるものではないだろう」

「見たら分かる」


そういう男だった。

剣術でも魔術でも、何度か見れば大抵のことは理解する。


しばらくして、机の上に二つのカップが置かれた。

香りで種類は分かった。


「ラーデンか」

「うん。好きだからヴァルターと一緒に飲みたい」


アルバートが自分の分を持って、再び長椅子へ戻る。

ヴァルターも一口飲む。


問題ないどころか、普段給仕が淹れるものと大差ない味だった。


「上手いな」

「そう?」

「淹れるのは何度目だ?」

「三回目」

「三回目でこの味なら十分だ」


アルバートが自分が淹れたものを褒められたことを、そのまま喜んでいる。

……悪くない。


「何を読んでいた」


ヴァルターが尋ねる。アルバートが本の表紙を見せた。

城内の魔術設備についてまとめられた資料だった。


「これ」

「俺が執務している間もか」

「うん」

「それなら自室でも読めるのではないか?」

「ここでも読める」


最近はずっとこうだ。

とはいえ執務の妨げにもなっていない。必要な時には意見も聞ける。

昨日の襲撃について、アルバートの観測能力が役に立つ場面もある。

問題はないならば好きにさせておけばいい。


ヴァルターはそう結論づける。ここ数日の常だった。


アルバートは静かだった。近くの椅子に座り、本を読む。

一時間経てば、正確に休憩を要求する。

それ以外は特に何もしない様子が、妙に居心地が良かった。


「ヴァルター」

「何だ」

「飲んだ?」


見ると、自分のカップは半分ほど残っている。


「飲んでいる」

「冷めるよ」

「分かっている」

「今飲んで」

「何故そこまで言う。治療とは関係ないだろう」

「水分を飲まないとだろ」


正しい。ヴァルターは残りを飲んだ。

アルバートが満足そうに本へ視線を戻す。


本当に随分と世話を焼くようになった。

面倒であることと、不快でないことは両立するらしい。

アルバートと過ごすことで気付いたことだった。


     *


午後、調査班から新しい報告が上がった。

昨日までに、式典会場周辺へ持ち込まれた魔道具の洗い直しはほぼ終わっている。

直接術式へ繋がるものは見つからなかった。

代わりに、倉庫から一つ、不自然な搬入記録が発見された。


「これです」


警備責任者が紙を差し出す。

ヴァルターは目を通した。


―式典の二週間前に祭具として申請された魔道具が三点。

搬入元は、城下の商会。


搬入時の書類は問題ない。

だが、そのうち一つが現在所在不明になっている。


「検品記録は」

「残っています」

「誰が確認した」

「担当者はこちらに」


名前を見る。古参の職員だった。


戦時中から城に勤めている。

少なくとも、単純な買収で警備を通すような人物ではない。


「本人には」

「確認済みです。搬入時点では通常の祭具だったと。術式記録も残っています」


別の資料が出される。

搬入時に行われた検査結果を見ると、確かに異常はない。

ならば、持ち込まれた後で変質したか、別の何かと交換されたか。


ヴァルターが考えていると、隣にいたアルバートが資料へ手を伸ばした。


「これ見ていい?」

「ああ」


アルバートが紙を受け取り、しばらく黙って眺める。


「この祭具、魔石使ってる。交換できる?」


警備責任者が答える。


「構造上は可能です。ただし、外装を開く必要があります」

「開けたら分かる?」

「通常であれば」

「……魔石そのものへ術式を仕込んだか」

「うん、中身だけなら変えられるでしょ」

「ああ」


――問題は、交換された魔石がどこから来たかだ。


「使用された魔石の残留物は回収できているな」


ヴァルターが訊くと、術式解析担当が頷いた。


「一部ですが」

「搬入された祭具の規格と照合しろ」

「既に行っています」

「結果は」

「南部の魔石というところだけ」


資料が追加される。


ヴァルターは目を通した。


採掘地域。精製所。流通経路。それらを総合すると最も手がかりがありそうな場所といえば一つだった。


「グラーツェか」


グラーツェは南部の都市だ。

国境からは離れているが、山地に近く、古くから魔石の採掘と加工で栄えている。

戦時中は軍用魔道具の材料供給地として重要だった。

現在も国内で流通する魔石の相当数が、あの地域を経由している。


……だから、南部産であること自体は珍しくない。


「精製所は分かるか」

「そこまでは特定できていません。ただ、この含有物ならグラーツェ周辺の鉱脈でほぼ間違いないかと」

「まだ範囲が広いな」

「はい」


アルバートが資料を覗き込む。


「行けば分かる?」

「何がだ」

「どこから来たか」

「現地で流通記録を辿れば、今よりは絞れるだろう」

「じゃあ行く?」


即答だった。ヴァルターはそちらを見る。


「誰が」

「俺」

「何故そうなる」

「調べるんでしょ」

「調べる。だが、お前が行く必要はない」

「俺、魔力の違い見れるよ」

「知っている」

「剣も使える」

「それも知っている」

「じゃあ向いてる」


論理だけを見れば間違ってはいない。


アルバートは魔力構造の差異を読むのが早い。

実際に現地へ行けば、資料だけでは拾えない違和感を見つける可能性は高い。


「俺も行く」


そう言うと、アルバートが即座に首を振った。


「駄目」

「何故」

「まだ怪我してる」

「日常生活には問題ない」

「大規模なの使えないでしょ」

「使う前提で話すな」

「でも何かあったら使うじゃん」


否定しづらい指摘を受け、ヴァルターは黙る。

何かあれば使うのはその通りだった。

必要であれば、治療師に止められていても使う可能性が高い。

そしてアルバートも、それを分かっている。


「なら護衛をつける」

「それならいい」


随分と素直に頷いた。


「お前一人で行くとは言っていないからな」

「うん」

「現地の警備隊とも合流しろ」

「分かった」

「何かあったら連絡を入れろ」

「分かった」


返答が早い。

ヴァルターは少し考える。

グラーツェまでは、転移を使えばそれほど時間はかからない。

現地調査だけなら、一日もあれば十分だろう。


アルバートの能力も適している。

自分が同行しないことを除けば、特に問題はない。


……除けば。


「何だ」


アルバートがこちらを見る。


「いや」


言葉を探す。

心配だから行くな、と言うのは簡単だった。

だが、それでは先ほどまでアルバートに対して認めていたことと矛盾する。

感情を理由にすることと、感情だけで相手の行動を決めることは違う。


本人が行きたい。能力もある。危険に対する備えも取れる。

ならば止める理由は薄い。


「気をつけろ」


結局、そう言った。アルバートが少し笑う。


「うん」

「何かあればすぐ戻れ」

「分かった」

「無理はするな」

「ヴァルターもね」


アルバートは笑って返す。


「俺は城から出ない」

「仕事しすぎないで」

「一時間ごとに休む」

「ちゃんと?」

「お前がいなくても守る」


それを聞いて、アルバートは満足そうに頷いた。


「じゃあいい」


何故か許可を得たような気分になる。ヴァルターは資料へ視線を戻した。


――南部都市グラーツェ。魔石の産地。


次に調べる場所は決まった。


そして翌朝、アルバートは南へ向かった。

推しカプってイチャイチャさせるの難しいんだな……

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