優先
最初に異常へ気づいたのは、アルバートだった。
――空気が変わった。
ほんの少し、魔力の流れがずれた。
「ヴァルター」
ヴァルターも同時に顔を上げた。
「分かっている」
広間には人が多かった。
魔族。人間。
和平後に始まった交易のため、両国の関係者が集まっている。
……その中央。
何もないはずの空間に、細い線が浮かんだ。
一本、二本、三本。
「術式?」
アルバートが訊く。
「そうだ」
ヴァルターの声が低くなる。
「下がれ!」
声が飛ぶ。周囲が動く。遅い。
術式が開く。
アルバートは聖剣を抜いた。
光。魔力。攻撃が二つに分かれる。
一つは、自分へ。
一つは、ヴァルターへ。
見える。どちらも処理できる。
アルバートは踏み込んだ。
自分へ来る術式を斬る。
残った魔力を身体を捻って逸らす。
次。ヴァルター側。
聖剣を返す。斬る。
大半は消えた。残りが、ヴァルターへ届く。
その瞬間。
ヴァルターの魔力が広間全体へ広がった。
壁。天井。人のいる場所。
周囲を覆うように、防御術式が展開される。
アルバートが見る。
「ヴァルター」
返事はなかった。攻撃が炸裂した。
*
音が遠くなった。ヴァルターが倒れる。
「……」
床に血が落ちる。
多い。
アルバートは聖剣を収納した。
近づく。
「ヴァルター」
返事がない。
しゃがむ。
呼吸。
浅い。
「ヴァルター」
もう一度。
返事がない。
胸。腹。どこまで通った。
アルバートは自分の手を見る。
自分へ来た術式は処理した。ヴァルターへ来たものも斬った。
――同じくらい。同じように。
それなのに。
「……」
視線を上げる。
広間。人が倒れている。でも、死者はいない。
重傷者も少ない。壁に残る魔力の痕跡。
ヴァルターの術式が場全体を守った。
ヴァルター自身ではなく。
「……ヴァルター」
誰かがこちらへ来る。
治療師。魔術師。兵士。
「勇者殿」
「ヴァルターが」
治療師が頷く。
「最善を尽くします」
アルバートはヴァルターを見る。動かない。
「……お願い」
*
治療には時間がかかった。
アルバートは部屋の外にいた。壁にもたれている。
自分の腕にも傷があった。
誰かに言われて、布を巻かれた。
頭の中に残っている。
攻撃。二つ。自分。ヴァルター。
自分は立っている。ヴァルターは倒れた。
何故。
自分への攻撃。
威力。速度。軌道。切断位置。問題ない。
ヴァルターへの攻撃。
威力。速度。軌道。切断位置。問題ない。
違いは何か。
アルバートは目を閉じる。
最後に見えたもの。
ヴァルターの魔術が自分の周囲ではなく広間全体へ広がる。
人。壁。天井。
全部守った。
「……」
自分は、自分とヴァルターを守った。
ヴァルターは、場を守った。
だから、ヴァルターだけが足りなくなった。
扉が開く。
アルバートは顔を上げた。
治療師が出てくる。
「命は繋ぎました」
「いつ起きる?」
「しばらくかかるかと」
アルバートは扉を見る。
「会える?」
「短時間なら」
*
ヴァルターは寝台にいた。
見慣れない様子で静かに横たわっている。
胸元には治療術式が走っている。
顔色も悪い。
アルバートは椅子を引いて座った。
「ヴァルター」
返事はない。
「生きてる?」
アルバートは手を伸ばす。
手首。脈がある。
呼吸。ある。
「そっか」
少しだけ息を吐く。
「死ななくてよかった」
返事はない。
さっきは同じくらい守った。
足りなかった。ヴァルターは場を守った。
自分を後にした。
なら、次はどうする。
簡単だった。
次は自分がヴァルターを先にする。
そうすれば、ヴァルターが場を守っても足りる。
「……」
アルバートはもう一度、脈を取る。
「次は大丈夫」
返事はない。
「俺が先に守るから」
そう決めた。
ここまでやりたかった




