↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者と魔王とお前と俺。  作者: 雪空
必要なこと、やりたいこと
PR
15/23

決着

術式が繋がった。

黒い線が、結界核からヴァルターへ伸びる。


腕。肩。胸元。

ヴァルターが目を細めた。


「見えた」

「本体?」

「ああ」


アルバートは聖剣を構える。


「どこ」

「今開く」


ヴァルターが術式へ手を入れた。

魔力がぶつかる。黒い線が歪む。

幾重にも重なっていた構造が、無理やり引き開けられた。


「右奥に一本」


アルバートは踏み込む。

見える。

一本、本体へ続く線。


聖剣を振るう。切れた。


術式が大きく揺らぐ。別の場所から線が伸びる。


「次」

「上に二本」


切る。


「左から一本」


切る。


ヴァルターが開く。アルバートが斬る。

それだけだった。見えさえすれば、外さない。

接続が消えていく。

最後の一本だけが、ヴァルターの胸元へ深く食い込んでいた。


「これで最後?」

「ああ」


ヴァルターが術式を見る。


「切断した瞬間、残った魔力がこちらへ流れる」

「処理できる?」

「可能だ。衝撃があるから待機していてくれ」

「分かった」


アルバートは聖剣を握り直した。ヴァルターが手を上げる。


「開くぞ」

「うん」


術式が軋んだ。

閉じていた構造が開く。接続の根が露出する。


「今」


アルバートは斬った。音はなかった。

けれど、確かに何かが断たれた感覚。


次の瞬間、膨大な魔力が逆流する。

ヴァルターの身体が揺れた。

アルバートは聖剣を消し、腕を掴む。


「立てる?」

「ああ」


アルバートは手を離した。


「死ななくてよかった」


ヴァルターが一瞬だけ黙った。


「……そうか」

「うん」


     *


第二案は止まった。

少なくとも、魔王城へ伸びていた術式は。


「本体は?」


アルバートが訊く。ヴァルターは消えかけた術式を見ていた。


「まだ残っている」

「じゃあまた来る?」

「しばらくは来れないようにする」


ヴァルターが床へ手を触れる。僅かに残った魔力が揺れた。


「あと、これが最大の収穫だ」

「何」

「本体の場所が術式越しに確認できた。王国側の情報と照らし合わせれば、所在が確定できる」


エレオノーラが顔を上げる。


「場所が?」

「ああ」


ヴァルターは目を閉じる。


「王都の地下だ。かなり深い」


エレオノーラの表情が変わった。


「場所までは」


「情報を渡す。絞り込みは頼む」



エレオノーラが魔術師に指示を送った。


「紙を」


魔術師の一人が地図を持ってくる。


王都。城。神殿。軍施設。地下水路。


ヴァルターの情報を地図と照らし合わせると、場所が浮かび上がってきた。


「旧神殿区画……」


エレオノーラが呟く。


「知ってる?」


アルバートが訊く。


「現在はほとんど使われていません。地下には、古い礼拝施設が残っているはずです」


ヴァルターが頷く。


「恐らくそこだろう」


エレオノーラはすぐに立ち上がった。


「連絡を」

「誰に?」

「近衛です」


アルバートが尋ねた。


「信用できる?」


エレオノーラは一瞬だけ黙る。


「全員は」

「じゃあ」

「だから、私個人の指揮下にある者だけを動かします」


アルバートが首を傾げる。


「少ない?」

「十分です」


エレオノーラは紙を取った。


「軍と神殿へは知らせません。内部に誰がいるか分かりませんから」

「うん」


アルバートは頷いた。エレオノーラが部屋を出ていく。


扉の前で、一度振り返った。


「陛下」

「何だ」

「術式の残滓を保存しておいていただけますか」

「証拠か」

「はい」


ヴァルターは笑った。


「任せろ」

「ありがとうございます」


エレオノーラは頭を下げた。

そして。


「アルバート」

「何」

「あなたはここにいてください」

「何で」

「王都は私と近衛で対処します」

「できる?」

「やります」


エレオノーラは出ていった。


     *


結果が届いたのは、その日の夕方だった。

アルバートとヴァルターは執務室にいた。


「捕まったって」


アルバートが手紙を読む。


旧神殿区画の地下礼拝所に術式の本体あり。

神殿の術師を四人、軍関係者が三人、貴族家の使用人が二人捕縛。

一部逃走。押収物多数。


手紙の最後。


術式本体は確保しました。

同系統の術式を再構築するための触媒も押収しています。

第二案については、少なくとも再実行には年単位の準備が必要です。

関係者の追及はこちらで行います。


アルバートは読み終える。


「終わった?」

「今回の件はな」

「黒幕はまだ捕まってない」

「そうだな」


ヴァルターは少し考える。


「ただ、戦争を再開させる計画は止まった」

「うん」

「第二案も使えない」

「うん」

「関係者の捜査も始まった」

「うん」

「十分だ」


アルバートは納得した。

全部捕まるまで待っていたら、いつまで経っても終わらない。

アルバートは手紙を机に置いた。


「じゃあ和平は続く?」

「続ける」


ヴァルターが答える。


「王国も?」

「エレオノーラ王女が戻れば、少なくとも和平派は動くだろう」

「そっか」


少し考える。


「よかった」


     *


エレオノーラが魔王城を発つのは、翌朝になった。


玄関広間。

人間側の一行が出発の準備をしている。


今度は、エレオノーラが王女としての姿で立っている。

アルバートも、本来の姿でその向かいに立っている。

少し変な感じがした。


エレオノーラが言う。


「私は一度王都に戻ります」

「うん」

「あなたはどうしますか?」


アルバートは首を傾げた。


魔王を殺すために来た。

その任務は、まだ正式には取り消されていない。

けれど。


「城にいる」


エレオノーラは何も言わなかった。


「理由を聞いても?」


アルバートは考える。


必要だから。違う。

任務だから。違う。


「いたいから」


言ってから、自分で少しだけ驚いた。

でも、訂正する必要はなかった。


エレオノーラが微笑む。


「分かりました」

「いいの?」

「私が決めることではありません」


アルバートはその言葉を聞く。

少し前にも、似たようなことを言われた。


「そっか」

「ええ」


エレオノーラはヴァルターを見る。


「陛下」

「何だ」

「アルバートをよろしくお願いいたします」


ヴァルターが小さく笑った。


「分かった」


アルバートにはよく分からなかった。


     *


その日の夜。

アルバートはヴァルターの部屋にいた。


「何でいる」

「来たかったから」


ヴァルターが黙った。


「何」

「いや」

「またそれ」

「お前がそう言うとは思わなかった」

「来たかったから来た」

「分かった」


ヴァルターは机の上の書類を閉じる。

少しの沈黙。

アルバートは椅子に座る。


「ヴァルター」

「何だ」

「第二案、終わったね」

「ああ」

「和平も続ける」

「ああ」

「じゃあ」


アルバートは考えた。

一つ、残っている。


「俺の任務」


ヴァルターがこちらを見る。


「そうだな」

「まだ命令は消えてない」

「ああ」

「お前を殺せって」


静かになる。

ヴァルターは何も言わない。

アルバートは考える。

魔王は強い。強すぎる。王国にとって脅威になる。

――だから殺せと言われた。


必要なら、する。そのつもりだった。


でも。

ヴァルターが死ねば、魔族の国は荒れる。

和平も崩れるかもしれない。

実際、それを望んだ人間たちがいた。


なら。


「殺す必要はないと思う」


アルバートが言う。


「今は」


ヴァルターが少し目を細める。


「そうか」

「うん」


アルバートは黙った。


必要がない。だから殺さない。

それで終わる。

いつもなら。


少し前。

術式を切った時。

ヴァルターが生きているのを確認して、自分は言った。

――死ななくてよかった。


「ヴァルター」

「何だ」

「俺」

「うん」

「お前が死ななくてよかった」


ヴァルターは黙っている。


「本当にそう思った」

「ああ」


「あと、お前が死ぬの嫌だ」


アルバートは考える。


紅茶。鹿肉の煮込み。鍛冶場。短剣。戦うこと。

明日。また。次。


全部、ヴァルターがいた。


ヴァルターの目が少し細くなる。アルバートは続けた。


「だから、殺したくない」


静かになった。

ヴァルターがゆっくり息を吐く。


「そうか」

「うん」

「なら、殺さなくていい」


アルバートは瞬きをする。


「いいの?」

「俺に聞くな」

「何で」

「お前が決めたんだろ」


アルバートは黙った。


必要か。必要ではないか。

それだけではない。自分がどうしたいか。


「うん」


     *


翌朝。

アルバートはいつもの席に座っていた。

紅茶が置かれる。ラーデンの夏摘み。

一口飲む。

少し渋い。でも、好きだった。


「今日どうする」


アルバートが訊く。ヴァルターが顔を上げる。


「何が」

「戦う?」

「まだやるのか」

「殺さないけど、戦うのは好き」


ヴァルターが少し笑った。


「便利だな」

「何が?」

「お前の中の分類だ」

「そう?」

「ああ」


アルバートは少し考えた。


「じゃあ戦わない?」

「誰がそんなことを言った」

「じゃあ今日?」

「今日は仕事がある」

「明日?」


ヴァルターが笑う。


「ああ。明日だ」

「うん」


明日。また。次。

アルバートはもう、その言葉を不思議には思わなかった。

必要だからではない。

そうしたいから。それでよかった。


――次の新月まで、あと七日。

もう、それは期限ではなかった。

第一部完 ってこれでいいんですか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。