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勇者と魔王とお前と俺。  作者: 雪空
必要なこと、やりたいこと
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14/23

術式

翌日。

朝食を終えたところで、エレオノーラが部屋へ入ってきた。


「分かりました」


アルバートは紅茶を飲む手を止めた。


「何が?」

「第二案です」


ヴァルターが顔を上げる。


「確定したのか」

「かなり」


エレオノーラは机の上へ書類を置いた。


昨日より少ない。

三枚だけだった。


「王都から追加の報告が届きました」


アルバートが一枚取り、すぐに返した。


「読まないのですか」

「あとで説明して」

「そうすると思いました」


エレオノーラがヴァルターへ向き直る。


「軍から消えた物資と、神殿から所在不明になっていた術式道具の一部が見つかりました」

「どこで」

「国境近くの旧礼拝所です」


ヴァルターが眉を寄せる。


「旧礼拝所」

「戦争中に放棄された場所です。現在は使われていません」


アルバートが訊く。


「誰がいた?」

「誰も」

「逃げた?」

「おそらく」


エレオノーラが二枚目を広げる。


「ただし、術式は残っていました」

「何の?」

「分かりませんでした」

「また?」

「王国側では、です」


アルバートはヴァルターを見る。

ヴァルターもこちらを見た。


「持ってきたの?」

「写しを」


エレオノーラが最後の一枚を差し出した。

紙いっぱいに、細かな線と文字が書かれている。

ヴァルターは黙って読む。


アルバートは紅茶を飲み終えた。


「分かった?」

「少し黙ってろ」


アルバートは黙った。


     *


「これは攻撃術式だ」


しばらくして、ヴァルターが言った。

アルバートが顔を上げる。


「何を攻撃するの」

「人ではある」

「誰」


ヴァルターは答えず、紙を指でなぞった。


「対象指定が妙だ」

「妙?」

「通常なら、術式の対象は場所か、存在条件で指定する」

「うん」

「これは違う」


エレオノーラが訊く。


「個人ですか」

「対象は個人だ。だが、そこへ到達するまでの経路にも攻撃性がある」


ヴァルターがさらに紙を見る。


「しかも対象をかなり深く固定している」


アルバートはよく分からなかった。


「名前?」

「名前だけなら簡単に外せる」

「じゃあ何」

「魔力特性」


ヴァルターの声が低くなる。


「一度捕捉されれば、場所を変えても追う」


アルバートが首を傾げる。


「逃げても?」

「追う」


「結界は?」

「程度による」


「魔王城なら?」

「防げる可能性はある。だが」


ヴァルターが紙を見たまま言う。


「これは結界を破ることも前提にしている」


エレオノーラの顔が険しくなる。


「誰を狙っていますか」


ヴァルターはようやく顔を上げた。


「魔王だ」


部屋が静かになった。

アルバートはヴァルターを見る。


「お前?」

「そう見える」

「確定?」

「術式そのものだけなら、まだ」


エレオノーラが別の紙を差し出した。


「では、こちらを」


ヴァルターが読む。


一瞬。


顔つきが変わった。


「何」


アルバートが訊く。


エレオノーラが答えた。


「術式に使われていた触媒の記録です」

「それが?」

「歴代魔王の魔力を記録したものが含まれていました」


ヴァルターが記録を見ながら呟く。


「……魔王を狙っているのか」


アルバートは少し考える。


「じゃあ」


アルバートはもう一度、机の上の術式を見る。


「これ、ヴァルターを殺すためのもの?」

「そう考えるのが自然です」


エレオノーラが答えた。


     *


アルバートは椅子にもたれた。

次の新月まで、あと九日。


「第二案は術式」


呟く。エレオノーラが頷く。


「おそらく」

「俺が殺さなかったら」

「この術式を使うでしょう」

「ヴァルターを殺すために」

「はい」


アルバートは黙った。


第一案。

勇者が魔王を殺す。


第二案。

勇者が殺さなければ、別の方法で魔王を殺す。


「変なの」

「何がだ」


ヴァルターが訊く。


「最初からこれ使えばいいのに」

「簡単に使えるならな」

「使えない?」

「条件が多すぎる」


ヴァルターが術式を指す。


「対象の魔力情報。大規模な触媒。神殿式の基盤。そして」


指が止まる。


「起動時期」

「新月?」

「おそらく」


エレオノーラが頷いた。


「神殿の記録でも、新月にしか成立しない術式はいくつかあります」

「じゃあ期限って」


アルバートが言う。


「俺を待ってたんじゃなくて」


ヴァルターが続ける。


「第二案の準備が整うまでの猶予でもあった」

「なるほど」


アルバートは納得した。

それから少し考える。


「嫌だな」


ヴァルターとエレオノーラがこちらを見る。


「何が」


ヴァルターが訊く。


「和平をするのに、魔王城の人を巻き込むの、嫌」


ヴァルターは少し黙った。

アルバートは机の上の術式を見る。


「止める」

「そのつもりだ」

「どうやって」


ヴァルターは紙を持ち上げた。


「まず、本体を探す」


     *


術式の手がかりは、思ったより早く見つかった。


翌日、城の地下。普段は入らない場所。

石造りの広い部屋の中央で、巨大な結界核が淡く光っている。


その一部に、黒い線が絡みついていた。


「これ?」


アルバートが訊く。


「一部だ」


ヴァルターが答える。


「外から干渉されている」

「もう始まった?」

「準備段階だろう」


エレオノーラも後から入ってくる。


「新月まではまだあります」

「本起動はな」


ヴァルターが黒い線に手を触れず、近くで見る。


「先に対象との接続を作っている」


アルバートが見る。


「これ、切る?」

「待て」

「切れそう」

「だから待て」


アルバートは手を引っ込めた。ヴァルターが黒い線を追う。


結界核。床。壁。


見えない何かを探すように。


「……なるほど」

「分かった?」

「少し」

「また少し」

「全部分かると思うな」

「ヴァルターなのに」

「俺を何だと思ってる」


アルバートは少し考えた。


「強い魔王」

「雑だな」


エレオノーラが小さく笑った。


     *


黒い線は、切っても意味がなかった。



「ここを切れば、この接続は消える」

「じゃあ切る」

「だが別の場所から繋ぎ直される」

「何で」

「本体が残るからだ」


アルバートは考える。


「本体まで行けばいい?」

「場所が分からない」

「辿れない?」

「通常なら難しい」

「通常なら?」


ヴァルターが少し笑った。嫌な笑い方だった。

アルバートは知っている。

戦場で何度も見た、何か思いついた時の顔。


「何するの」

「繋がせる」


アルバートは瞬きをした。エレオノーラが先に言った。


「危険では?」

「危険だ」

「じゃあ駄目じゃん」


アルバートが即座に言う。ヴァルターがこちらを見る。


「説明させろ」

「うん」


ヴァルターが結界核を指す。


「この術式は、俺への接続を完成させる必要がある」

「うん」

「完成すれば、こちらからも辿れる」

「向こうまで?」

「理論上は」

「危ない?」

「接続されるからな。ただし、本起動前なら俺が制御できる可能性が高い」


アルバートは黙った。


「可能性」

「絶対とは言えない」

「本当に制御できる?」

「できるようにする」

「答えになってない」

「これ以上は言えない」


アルバートは黙った。ヴァルターも黙った。

しばらくして。


「……分かった」


アルバートが言う。ヴァルターが少し目を細める。


「じゃあ、やろう」


     *


接続を待つことになった。


その日の夜。


結界核に絡む黒い線は、少しずつ増えていた。


一本。

二本。

三本。


ヴァルターはその前に座り、術式を観察している。


アルバートも隣にいた。


「寝ないの」

「お前こそ」

「俺はいい」

「俺もいい」

「魔王だから?」

「関係ない」


アルバートは壁にもたれる。


「明日、戦う予定だった」

「そうだったな」

「できない?」

「これが終わったらな」

「いつ終わる?」

「分からない」

「じゃあまた?」


ヴァルターがこちらを見る。アルバートは少し考えた。


「次?」

「そうなるな」

「そっか」


嫌ではなかった。


また。次。まだ使える。


――その時、結界核が強く光った。

黒い線が、一斉に動く。

ヴァルターが立ち上がる。


「来た」


アルバートも壁から離れた。


「何する?」

「繋げる」

「うん」

「俺が術式をこじ開ける」

「うん」

「構造を展開するから、お前は切れ」


アルバートは聖剣へ手を伸ばす。

胸元の紋章が光る。聖剣が現れる。


アルバートは握った。


「分かった」


黒い線が、ヴァルターへ伸びる。

ヴァルターが手を上げた。


魔力がぶつかる。

術式が軋む。


そして、繋がった。


――次の新月まで、あと八日。

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