↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者と魔王とお前と俺。  作者: 雪空
必要なこと、やりたいこと
PR
13/23

帰還

翌朝。

アルバートは見慣れない部屋にいた。

城の中でも、普段使われている区画から少し離れた場所。

床一面に術式が描かれている。


円。文字。幾重にも重なる線。

その中心に、椅子が二つ置かれていた。


「……大がかり」


アルバートが言う。


「秘術ですから」


エレオノーラが答えた。

彼女はまだアルバートの姿をしている。

昨日と同じ。銀に近い白髪。灰青色の目の自分の顔。


「もっと簡単に戻せないの?」

「戻せるなら、最初からそうしています」

「それもそう」


部屋には他にも人がいた。

魔族側の魔術師が数人。

エレオノーラが連れてきた人間側の術師が二人。

……そしてヴァルター。


アルバートが見る。


「お前もいるの」

「俺が呼んだ魔術師がいる」

「ヴァルターは見てるだけ?」

「問題が起きたら対応する」

「何か起きる?」

「起きないことを願っている」


アルバートは少し考えた。


「怖い?」

「俺が?」

「うん」


ヴァルターが眉を寄せる。


「お前は怖くないのか」

「戻れるんだろ」

「予定ではな」

「ならいい」


ヴァルターがため息をついた。


「そういうところだぞ」

「何が」

「何でもない」


     *


再施術の確認は長かった。

エレオノーラが持ってきた術式を、魔族側の術師が読み解く。

人間側の術師が説明する。

また止まる。

書き直す。確認する。

アルバートには半分も分からなかった。


「ここ」


魔族の術師が指す。


「身体情報の固定部分です」

「はい」


人間側の術師が頷く。


「変身時には、対象の肉体を王女殿下の身体情報へ合わせています」

「戻す場合は?」

「元の情報を参照して再構築します」


アルバートが訊く。


「俺の元の情報って残ってるの」

「エレオノーラ様の幻影術式を参照します」

「分からない」

「そうでしょうね」


ヴァルターが横から言う。


「お前は分からなくていい」

「何で」

「今から自分の身体を作り直す術式に口を出すな」

「見れば分かるかもしれない」

「分からなくていい」


エレオノーラが少し笑った。


「陛下のおっしゃる通りです」


アルバートは不満だった。


     *


問題は、術式そのものよりも、その規模だった。

変身させたときと同じだけの魔力が必要になる。

しかも今回は逆方向。

一度固定された肉体を崩し、元の形へ戻す。


失敗すれば。


「どうなる?」


アルバートが訊く。

術師たちが少し黙った。

人間側の術師が慎重に答える。


「途中で停止した場合、変身が不完全な状態で固定される可能性があります」

「半分戻る?」

「……極端に言えば」

「面白い」

「面白くない」


ヴァルターが即座に言った。


「そう?」

「そうだ」


エレオノーラも頷いた。


「私も嫌です」

「二人とも?」

「当然です」


アルバートは少し考えた。


「じゃあ失敗しないで」


術師たちの顔が引きつった。

ヴァルターが額を押さえた。


「簡単に言うな」

「頑張れば?」

「お前は本当に」


言葉が途中で切れる。


アルバートは首を傾げた。


     *


昼を過ぎて、ようやく準備が整った。

アルバートとエレオノーラは、術式の中心に向かい合って座る。


「手を」


エレオノーラが言う。


「何で」

「術式の同期に必要です」


アルバートは手を出した。自分の手ではない手。

向こうから差し出されたのは、自分の手。


触れる。

変な感じがした。


「……」

「どうしました?」

「俺の手」

「そうですね」


エレオノーラが少し笑った。

周囲の魔術師たちが配置につく。ヴァルターは術式の外側に立っている。


アルバートが見る。視線が合った。


「何」


ヴァルターが言う。


「別に」

「そうか」


アルバートは少し考えてから言った。


「戻ったら」

「何だ」

「明日の戦い、どうする?」


部屋の空気が止まった。

エレオノーラがアルバートを見る。術師たちも見る。

ヴァルターだけが少し黙ってから答えた。


「まだそれを考えているのか」

「期限あるし」

「身体を戻す直前にする話か?」

「今思った」


ヴァルターはしばらくアルバートを見た。


「戻ってから考えろ」

「分かった」

「今は戻ることだけ考えろ」

「うん」


     *


術式が動く。

最初に感じたのは、熱だった。

胸の奥。皮膚の内側。骨の中。

身体全体に、見えない何かが入り込んでくる。

――アルバートは眉を寄せた。


「痛い?」


エレオノーラが訊く。


「前と同じくらい」

「そうですか」


光が強くなる。視界が白く染まる。

身体の感覚が曖昧になる。

指。腕。肩。脚。

どこまでが自分なのか分からない。

身体が引っ張られる。一度、小さくなるような感覚。

次に、伸びる。

骨が軋む。筋肉が引かれる。呼吸が止まりそうになる。


「……っ、ぐ……」


初めて、声が漏れた。


「アルバート」


今度はヴァルターの声だった。近い。

でも姿は見えない。


「大丈夫か」

「大丈夫」

「痛いか?」

「痛い」

「意識は」

「大丈夫」

「なら喋れ」

「何を」

「何でもいい」


アルバートは少し考える。視界が眩しい。


「紅茶」

「何」

「ラーデン」


ヴァルターが一瞬黙った。


「……覚えていたのか」

「うん」

「そうか」

「少し渋い」

「知っている」

「でも好き」


――また少し沈黙。


「そうか」


ヴァルターの声がした。アルバートは目を閉じた。


     *


どれくらい経ったのか分からない。

突然、身体が落ちた。そう感じた。

椅子へ身体の重みが戻る。

呼吸。心臓。指先。

全部が一気に戻ってくる。


「……」


アルバートは目を開けた。

視界が低い。違う。

今までが低かった、今は。


「アルバート?」


声がする。

エレオノーラ。アルバートは顔を上げる。

本来の姿のエレオノーラがそこにいた。


見慣れた金色の髪。自分がしばらく借りていた顔。


アルバートは自分の手を見る。

大きい。指が長い。節がある。

剣を握り慣れた手。


「……」


立ち上がる。

脚が長い。重心が違う。

肩幅。腕。全部。知っている。

身体を捻る。肩を回す。手を握る。開く。


一歩。二歩。


「アルバート」


エレオノーラが呼ぶ。


「戻った」


声も違う。

自分の声だった。

胸元へ手を当てる。

勇者の紋章がある。そこから聖剣を出す。


いつもの重さ。いつもの距離。いつもの身体。


「……あ」


アルバートは剣を一度振った。

空気を切る。止める。


「戻った」


もう一度言った。


     *


「まず座れ」


ヴァルターが言った。


「何で」

「今さっき身体を作り直したばかりだからだ」

「動ける」

「知っている」

「なら」

「座れ」


アルバートは少し考えて、座った。

ヴァルターが近づく。

アルバートを上から下まで見る。


「何」

「確認している」

「何を」

「本当に戻ったのか」

「戻った」

「見れば分かる」

「便利だな」


ヴァルターが少し笑う。

それから、アルバートの顔を見る。

長い間、戦場で見ていた顔。

アルバート自身にとっては、ずっと当たり前だった顔。


ヴァルターが静かに言った。


「久しぶりだな」


アルバートは少しだけ目を細めた。


「そう?」

「俺にとっては」


アルバートは自分の手を見る。

それからヴァルターを見る。


「……ただいま?」


ヴァルターが一瞬黙った。エレオノーラも黙った。


「違う?」


アルバートが訊く。ヴァルターが笑った。


「いや。おかえり、アルバート」

「うん」


     *


その日の夜。

アルバートは自室の寝台に座っていた。

机の上には、ヴァルターから貰った短剣が置かれている。


手に取る。

以前より、ずっと軽い。

柄も細い。今の手には小さい。


「……」


合わなくなった。

……当然だった。あれはエレオノーラの身体に合わせて作られたものだ。


アルバートはしばらく短剣を見る。使えないわけではない。

でも、前ほど合わない。


アルバートは短剣を鞘へ戻した。捨てる理由はない。

机の上に置く。


明日。また。次。

元の身体に戻っても、その言葉は残っていた。


――次の新月まで、あと十日。

俺こういうの好きなんですってのを示そうとした結果、王女姿の男になり、元の男に戻るのにここまでかかりました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。