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勇者と魔王とお前と俺。  作者: 雪空
必要なこと、やりたいこと
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11/23

対峙

――新月まで、あと十一日。

夕食を終えると、アルバートは立ち上がった。


ヴァルターがこちらを見る。


「行くのか」

「うん」

「随分早いな」

「約束しただろ」

「食後すぐはやめろと言ったのも覚えているか」

「覚えてる」

「なら座れ」


アルバートは少し考えて、座り直した。


「どれくらい」

「せめて少し休め」

「少しって」

「半刻」

「長い」

「お前は俺を殺す前に自分の腹を痛めたいのか」

「別にそれくらいなら動ける」

「動けるかどうかの話ではない」


アルバートは不満だったが、紅茶を飲むことにした。

昨日と同じ茶葉だった。確かラーデンの夏摘みのもの。


「……」

「何だ」

「別に」


ヴァルターは書類を一枚取り出した。食後にも仕事をするらしい。

アルバートはそれを見る。


「まだ仕事あるの」

「ある」

「戦った後も?」

「生きていればな」

「じゃあ早く終わらせた方がいいんじゃない?」

「何故そうなる」


ヴァルターが呆れたように息を吐く。

アルバートは紅茶を飲んだ。

……美味しい。

昨日もそう思った。明日も飲めばそう思うだろう。

そう考えてから、カップを置いた。

自分がヴァルターを殺せば明日はない。

ヴァルターがアルバートに視線を向ける。


「アルバート、どうした?」

「……何でもない」

「そういうことにしておこう」


ヴァルターは書類に視線を戻した。

アルバートも何も言わなかった。


     *


少しして、二人は城の奥にある訓練場へ向かった。


前に使った場所だった。夜になれば人はほとんどいない。

ヴァルターが事前に人払いをしていたらしく、周囲どころか、訓練場のある棟にも兵士の姿はなかった。


「誰もいない」

「ああ」

「何で」


ヴァルターがアルバートを見る。


「今日は手合わせではないんだろう」


アルバートは少し黙った。


「うん」


次の新月までという期限があるのであれば、待つ理由はない。

ヴァルターもそれを知っている。


「分かってた?」

「顔を見れば分かる」

「またそれ」

「何が」

「見れば分かる」


ヴァルターが少し笑う。


「便利だろう」

「俺は分からない」


胸元へ手を当てる。

光が走る。

女神アウレリアの紋章から、聖剣が現れる。


身体は違っても手に馴染む。


エレオノーラの身体は、勇者アルバートのものとは重心も、腕の長さも、踏み込みも違う。

けれどもう、この身体で聖剣を扱うことにも慣れていた。


ヴァルターが剣を抜く。


「確認しておく」

「何」

「俺を殺すつもりで来たんだな」

「うん」

「手加減は」

「しない」

「そうか」


魔王が剣を構えた。


「なら来い、勇者」


その呼び方に、アルバートは少しだけ目を細めた。


そして踏み込んだ。


     *


最初の一撃を、魔王が受け流す。

金属が鳴る。

アルバートはそのまま身体を沈め、二撃目を横へ振る。

避けられるとは分かっていた。

そこへ三撃目。

ヴァルターの剣が噛み合う。


「速いな」

「今更?」

「今の身体で、だ」

「もう慣れた」

「知っている」


魔力が動く。

アルバートは一歩下がった。

ヴァルターの左手に術式が組まれる。


火。違う。途中で形が変わる。


アルバートは聖剣を振った。

術式の弱い場所へ刃を通す。


崩れる。同時に、もう一つ。

足元。アルバートは跳ぶ。

熱が床を走った。

着地。

踏み込む。ヴァルターの首まで、あと一歩。

防がれる。


「前のときから変えた?」

「同じなら斬るだろう」

「うん」


アルバートは笑った。

それを見て、ヴァルターも少しだけ笑う。


「楽しそうだな」

「楽しい」


剣を返して今度は肩。避けられる。


「殺しに来ているのに?」

「関係ある?」

「お前は本当に」


言葉の途中で、アルバートが懐へ入る。ヴァルターは身体を捻った。

聖剣が衣服を裂く。

浅い。魔王の服に血が少しだけ滲む。


     *


相手の癖を読む。術式を見る。動きを覚える。一度通らなかった手を捨てる。

その繰り返しで、相手は少しずつ選択肢を失う。


ヴァルター以外の相手だと、それで終わりだった。

だがヴァルターは違う。


読めば変える。変えたものを読めば、また変える。

三度戦ったときもそうだった。前の手合わせでも。

今日も。

だから楽しい。

アルバートは一度距離を取った。


「次」

「待て」

「何」

「少し休め」

「まだ動ける」

「知っている」

「じゃあ」

「俺が休みたい」


アルバートは黙る。


「……分かった」

「素直だな」

「お前が休みたいって言ったから」

「そうか」


二人とも剣は下ろさない。

距離だけを保ったまま、少し呼吸を整える。


アルバートはヴァルターを見る。

首元に汗がある。

肩の傷は浅い。

さっき切った服の隙間から血が見える。


殺せる。

そのために戦っているのだから、当然の話だ。


「ヴァルター」

「何だ」

「お前が死んだらどうなる?」


ヴァルターが眉を上げる。


「今訊くのか」

「今思ったから」

「国が荒れる」

「それだけ?」

「それだけで済めばいいが」


アルバートは少し考える。


「和平は?」

「崩れる可能性が高い」

「王国側は、それでも殺せって言った」

「ああ」

「ヴァルターが強いからって」

「そうだな」


少し黙る。ヴァルターが訊いた。


「気になるのか」

「何が」

「俺が死んだ後」


アルバートは考える。

任務には関係がある。

魔王を殺した後、魔族側がどう動くかは当然、考えるべきことだ。


「……分からない」

「そうか」


それ以上、ヴァルターは訊かなかった。


「もういい?」


アルバートが剣を上げる。


「休憩は終わりか」

「うん」

「なら来い」


再び、剣がぶつかった。


     *


今度はアルバートが先に変えた。


低く入る。ヴァルターが剣を下げる。

そこから身体を捻る。今の身体だからできる。

ヴァルターが一瞬遅れる。聖剣が脇を抜ける。


魔術。近い。

アルバートには見えた。

術式が世界へ繋がる場所。

そこを斬る。魔力が弾ける。

ヴァルターが自分で術式を潰す。


予想通り。

その瞬間に首へ刃を返す。ヴァルターが避ける。

浅く頬を切った。


「……そこまで組んでいたか」

「うん」

「嫌な奴だな」

「知ってる」


ヴァルターならそう言うと思った。それが少し可笑しかった。


次。ヴァルターの剣が来る。受けずに逸らす。


一歩。二歩。

互いの間合いが近くなる。

アルバートはヴァルターの肩を見る。

視線。足。剣先。

次にどこへ動くか。

――分かる。


右。

ヴァルターが動く。

アルバートも同時に動いた。

聖剣が剣を弾く。ヴァルターの手から武器が離れ、床へ落ちた。


音が響く。アルバートは踏み込んだ。

聖剣の切っ先を、ヴァルターの喉へ。


――あと少し、そのまま押し込めばいい。

首を落とす必要もない。十分深く斬れば死ぬ。

心臓でもいい。


……今なら届く。

ヴァルターは動かない。避けられない。


勝った。そう思った。

剣先が皮膚に触れる。


――そのとき、訓練場の扉が激しく叩かれた。


「陛下!」


アルバートの手が止まる。

ヴァルターが眉を寄せた。


「何だ」


扉の向こうから、兵士の声がする。


「至急、お耳に入れたいことが!」

「今でなければならないか」

「はい!」


ヴァルターがアルバートを見る。

聖剣はまだ喉元にある。


「……どうする」


アルバートは少し考える。

殺すなら今だ。ここで一度離れれば、次も同じ形になるとは限らない。

それでも。


「聞けば」


剣を下ろした。

ヴァルターが少し目を細める。


「いいのか」

「必要なんだろ」

「そうらしいな」


アルバートは聖剣を消した。

ヴァルターが扉へ向かう。


「入れ」


扉が開き、兵士が入ってくる。

アルバートは王女としての姿勢を取った。

兵士は一瞬だけ荒れた訓練場を見て、ヴァルターに視線を戻した。


「何があった」


ヴァルターが訊く。


「人間側から使節団が到着しました」


兵士の答えにアルバートが顔を上げる。


「予定は聞いていない」

「先触れもありませんでした。ですが、王国の正式な紋章を確認しています」


ヴァルターの表情が変わる。


「代表は」


兵士が一度、アルバートに視線を向けた。


「勇者アルバート・シュミット様です」


沈黙。アルバートは瞬きをした。

ヴァルターも黙っている。


「迎え入れる用意をする。迎賓室へ案内しろ」

「承知しました」


兵士が去る。


少しして、ヴァルターがアルバートを見る。


「……エレオノーラ王女か」



新月まで、あと十一日。

王女エレオノーラ・フォン・ハイデンベルクが、勇者アルバート・シュミットの姿で、魔王城へやって来た。

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