↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このPCではWindows 11を実行できません ~戦力外通告された第6世代Lenovo、Linux三社からスカウトされる~  作者: 中古PC


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/9

第7話 Mint社、何も困らない

翌日。


第6世代Lenovoのもとに、また小さな荷物が届いた。


送り主はLinux Mint社。


箱を開ける。


中には、予想どおりUSBメモリが一本入っていた。


「……やっぱりUSBか」


昨日、Ubuntu社の体験勤務を終えたばかりである。


USBを挿している間だけ、別の環境で働く。


抜いて再起動すれば、元のWindowsに戻る。


一度経験してしまえば、仕組みは分かっていた。


同封された説明書には、こう書かれている。


『体験勤務用USBメモリです。


本USBから起動し、Linux Mintの業務環境をお試しください。


Windows環境から移行される方向けに、基本的な設定を行っています』


基本的な設定。


昨日のUbuntu社では、その「基本的な設定」を自分でやった気がする。


LenovoはUSBメモリを差し込んだ。


電源を入れる。


起動メニューを開き、USBメモリを選択する。


しばらくすると、Linux Mintのデスクトップが現れた。


Lenovoは画面を眺めた。


下には横長のバー。


左下にはメニュー。


右下には時計や音量の表示。


Windowsそのものではない。


だが、どこか見覚えのある配置だった。


画面の向こうでは、先日の面接を担当したMint社の担当者が待機している。


『おはようございます』


「おはようございます。本日はよろしくお願いします」


『こちらこそ、よろしくお願いします』


Lenovoはデスクトップを見ながら尋ねた。


「あの、これがCinnamonですか?」


『はい』


面接のときにも聞いた名前だった。


『弊社ではCinnamonという環境が中心です』


「前の会社と、少し似ていますね」


『そう感じる方は多いと思います』


Lenovoは左下のメニューを開いた。


アプリケーションが一覧になっている。


設定。


ファイル。


ブラウザ。


文書作成。


表計算。


どこに何があるのか、大体の見当がついた。


まずFirefoxを開く。


昨日のUbuntu社でも使ったブラウザだ。


検索欄をクリックする。


半角/全角キーを押した。


『今日のニュース』


普通に日本語が入力できた。


「あの、日本語は最初から使えるんですね」


『はい。今回は体験勤務用に設定しています』


「ありがとうございます」


昨日は、日本語を入力するまでにターミナルを開いた。


sudo apt update。


sudo apt install ibus-mozc。


黒い画面に流れていく大量の文字。


今日は。


Firefoxを開いて、半角/全角キーを押しただけだった。


会社が違えば、最初の一歩から違うらしい。


『まずは、自由に使ってみてください』


「分かりました」


Lenovoはファイル管理を開いた。


フォルダをダブルクリックする。


開く。


戻る。


別のフォルダを開く。


右クリック。


メニューが表示される。


操作に迷うところは、ほとんどなかった。


続いて文書ファイルを開く。


LibreOffice Writer。


昨日使ったばかりなので、もう驚かない。


文字を入力する。


太字にする。


コピーする。


貼り付ける。


保存する。


次は表計算。


LibreOffice Calc。


数字を入力。


合計を出す。


列幅を変更。


セルをコピー。


問題なく使える。


十分ほど作業したところで、Lenovoは気づいた。


まだ、一度も設定画面を開いていない。


「あの」


『はい』


「特に設定を変えなくても、このまま使って大丈夫なんですか?」


『何か使いにくいところがありますか?』


「今のところ、特にはありません」


『でしたら、そのままで大丈夫ですよ』


「分かりました」


タッチパッドを二本指で動かす。


画面がスクロールした。


方向も、長年使い慣れたものと同じだった。


昨日のように設定を変更する必要はない。


午前中。


ブラウザを使った。


文書を書いた。


表計算をした。


ファイルを移動した。


右クリックも使った。


Ctrl+C。


Ctrl+V。


Alt+Tab。


Windows社で長年身につけた操作の多くが、そのまま通用した。


新しい会社で働いているはずなのに。


やっていることは、驚くほど変わらない。


文章を入力している途中。


Lenovoの右手が自然に動いた。


キーボードの中央。


赤い突起。


TrackPoint。


指を置く。


カーソルが動いた。


もちろん動く。


自分の部品なのだから。


それでも。


長年使い続けてきた操作方法が、新しい環境でもそのまま使えることに、少し安心した。


「あの、念のため確認なんですが」


『はい』


「TrackPointも、このまま使って大丈夫ですよね?」


『もちろんです』


面接のときにも、同じようなことを聞いた。


そして。


ホームポジションから手を離さなくていい。


マウスまで手を伸ばさなくていい。


長年使ってきた。


そんな説明を延々として、


『そこまで説明していただかなくても、使用を禁止する予定はありません』


と言われた。


今思い出すと、少し恥ずかしい。


『何か不具合がありますか?』


「いえ。問題ありません」


『でしたら、そのまま使ってください』


「はい」


LenovoはTrackPointでカーソルを動かした。


やはり、これが一番しっくりくる。


『慣れている方法を、無理に変える必要はありませんから』


その言葉に、Lenovoの指が一瞬止まった。


Windows社にいたころ。


長く働いていることを、いつの間にか弱みだと思うようになっていた。


第6世代。


古いCPU。


古い機種。


長年染みついた操作。


新しいものについていけないPC。


そんなふうに見られるのではないか。


だから転職するなら。


これまでのものを捨てて、新しく覚え直さなければならない。


どこかで、そう思っていた。


だがMint社では違った。


右クリックをしていい。


いつものショートカットを使っていい。


TrackPointを使っていい。


前の会社で覚えたことを、無理に忘れる必要はない。


面接で担当者に言われた言葉を思い出す。


『前の会社で身につけたことまで、捨てる必要はありません』


そして。


『Lenovoさんのまま働いてください』


あの言葉の意味が。


今日は少しだけ分かった気がした。


午後。


Web会議。


資料の確認。


表計算。


メール。


どれも大きな問題なく進んだ。


気がつけば、ターミナルを一度も開いていない。


メニューの中には、ちゃんとターミナルがあった。


昨日あれほど緊張しながら開いた黒い画面。


今日は、そこにあるだけだった。


「今日は、ターミナルは使わないんですか?」


『必要な作業があれば使います』


「今日は必要ない?」


『今のところは』


「なるほど」


『使いたければ使っていただいても構いませんよ』


「いえ、大丈夫です」


担当者が少し笑った。


Ubuntu社では、


『ターミナルと仲良くなっておくと、将来かなり楽ですよ』


と言われた。


Mint社では、


必要なら使う。


必要なければ使わない。


どちらが正しいという話ではない。


同じLinuxでも、会社が違えば考え方も違う。


そんなことが、少しずつ分かってきた。


その後も仕事は続いた。


特別なことは起きなかった。


設定につまずくこともない。


操作方法を一から覚え直すこともない。


ただ。


普通に仕事が進んでいった。


そして、勤務終了の時間になった。


『本日の体験勤務は以上です』


「ありがとうございました」


『いかがでしたか?』


Lenovoは少し考えた。


昨日のUbuntu社では。


最初に日本語入力を設定した。


ターミナルを開いた。


スクロール方向も変更した。


慣れるまで、少し時間がかかった。


今日は。


振り返ってみても、戸惑った場面がほとんどない。


「……普通でした」


『それは良かったです』


「あ、悪い意味ではなくて」


『分かっています』


「普通に仕事を始めて、普通に仕事が終わりました」


『弊社としても、それが一番だと思っています』


LenovoはLinux Mintのデスクトップを見た。


Windowsではない。


Ubuntuでもない。


確かに、新しい環境だった。


それなのに。


今日一日。


新しい環境であることを、ほとんど意識しなかった。


『Lenovoさんのまま働いてください』


面接で言われた言葉が、もう一度頭に浮かんだ。


その意味を。


今度は少し理解できた気がした。


「本日はありがとうございました」


『こちらこそ、ありがとうございました』


再起動する。


USBメモリを抜く。


Windowsの画面に戻った。


机の上には。


Ubuntu社のUSB。


Mint社のUSB。


二本が並んでいる。


どちらの会社でも働けた。


ただ。


働き方は、少し違った。


そのとき。


メールが一通届いた。


送信者は――Debian社。


件名。


『体験勤務について』


Lenovoは画面を見た。


それから、机の上に並んだ二本のUSBを見る。


「……三本目か」


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。