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このPCではWindows 11を実行できません ~戦力外通告された第6世代Lenovo、Linux三社からスカウトされる~  作者: 中古PC


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第6話 Ubuntu社、ターミナル初体験

翌朝。


第6世代Lenovoのもとに、小さな荷物が届いた。


送り主はUbuntu社。


中に入っていたのは、USBメモリが一本。


そして、一枚の説明書だった。


『体験勤務用USBメモリです。


本USBから起動することで、現在お使いの環境を変更せずに、弊社の業務環境をお試しいただけます』


「……ほんまにUSB一本なんやな」


昨日、Ubuntu社から提案された一日体験勤務。


実際の業務環境を一日使ってみて、そのうえで入社するかどうかを決めてほしい。


そういう話だった。


Lenovoは説明書を読みながらUSBメモリを差し込んだ。


電源を入れる。


起動メニューを開き、USBメモリを選択する。


しばらく待つと、Ubuntuの起動画面が現れた。


『Ubuntuを試す』


Lenovoはそれを選んだ。


さらに待つ。


いつものWindowsとは違う画面が現れた。


左側に縦に並んだアイコン。


上部には細いバー。


見慣れない色のデスクトップ。


「おお……」


Ubuntuだった。


画面の向こうでは、先日の面接を担当したUbuntu社の担当者が待機している。


『おはようございます』


「おはようございます。本日はよろしくお願いします」


『こちらこそ、よろしくお願いします』


Lenovoはデスクトップを眺めた。


「あの、確認なんですが」


『はい』


「今まで使っていたSSDの中身は、そのままなんですよね?」


『はい。今回はUSBから起動していますので、そちらの環境には手を加えていません』


「では、このUSBを抜けば?」


『USBを抜いて再起動すれば、元の環境に戻ります』


「なるほど……」


一日だけUbuntu社で働く。


終わったらWindowsに戻る。


――出向みたいやな。


そう思ったが、口には出さなかった。


『まずは、自由に触ってみてください』


「分かりました」


Lenovoはデスクトップに並んでいるアイコンを見た。


一番分かりやすいものから試してみる。


ブラウザ。


クリックすると、Firefoxが起動した。


「Firefoxなんですね」


『はい』


「前の会社ではEdgeを使っていたので」


『基本的な使い方は、それほど変わらないと思います』


「そうですね」


見た目は違う。


だが、検索欄があって、タブがあって、戻るボタンがある。


ブラウザはブラウザだった。


Lenovoは検索欄をクリックした。


とりあえず、今日のニュースでも見てみよう。


いつものように半角/全角キーを押す。


そしてキーボードを叩いた。


kyounonyu-su


「…………」


Lenovoは画面を見た。


もう一度、半角/全角キーを押す。


再び打つ。


kyounonyu-su


日本語にはならない。


「あの……」


『はい』


「日本語にならないんですが」


『ああ、日本語入力ですね。今回の体験環境にはMozcを入れていません』


「モズク?」


『Mozcです。日本語を入力するためのソフトです』


「……最初から入ってないんですか?」


『はい。通常版のUbuntuをそのまま体験していただいていますので』


「なるほど……」


『せっかくですから、追加してみましょう』


「はい」


『ターミナルを開いてください』


Lenovoの指が止まった。


「……ターミナルですか?」


『はい』


聞き覚えはある。


面接のとき、担当者は言っていた。


『弊社ではデスクトップ環境も整っていますから、全部をターミナルでやる必要はありません』


――全部デスクトップとは言うてなかったな。


「分かりました」


『CtrlとAltを押しながら、Tを押してください』


言われたとおりにする。


黒い画面が現れた。


白い文字。


点滅するカーソル。


Lenovoはしばらく無言で画面を眺めた。


「……これがターミナルですか」


『はい』


想像していたものと、だいたい同じだった。


何となく、触ってはいけない場所に入ってしまった気がする。


『まず、こちらを入力してください』


画面の向こうから文字列が送られてきた。


sudo apt update


Lenovoはそれを見た。


「これを、そのまま打てばいいんですか?」


『はい』


一文字ずつ確認しながら入力する。


s


u


d


o


スペース。


その後も慎重に入力した。


Enter。


次の瞬間。


黒い画面いっぱいに文字が流れ始めた。


「うわっ」


『大丈夫です』


「何してるんですか、これ?」


『ソフトを追加するための情報を更新しています』


「……ワイ、今なんか壊してません?」


『壊していません』


文字が次々と流れていく。


英語。


数字。


記号。


Lenovoには、ほとんど意味が分からない。


それでも、しばらくすると処理は止まった。


点滅するカーソルが戻ってくる。


『では、次はこちらです』


sudo apt install ibus-mozc


Lenovoは画面を見た。


「また最初に同じのが付いてますね」


『sudoですね』


「これは何なんですか?」


『管理者として処理を実行するときに使います』


「なるほど……」


分かったような。


分からないような。


だが、とりあえず担当者の言うとおりに入力する。


Enter。


再び文字が流れ始めた。


途中で処理を続けるか確認された。


「これ、Yでいいんですか?」


『はい』


「こういうの、ちょっと怖いですね」


『慣れますよ』


「皆さん、こうやってソフト入れてるんですか?」


『方法はいくつかあります』


「いくつかあるんですか」


『はい』


「じゃあ、なんで初日に一番怖そうなのを……」


『せっかくですから』


「体験勤務ですよね?」


担当者が少し笑った。


やがてMozcの導入が終わった。


続いて設定画面を開く。


入力ソースに日本語を追加する。


そこに現れた項目をLenovoは見た。


日本語(Mozc)。


「これですね」


『はい』


追加。


入力方法を切り替える。


もう一度Firefoxの検索欄を開く。


キーボードを叩く。


『今日のニュース』


「おお」


変換候補が出た。


Enter。


検索結果が表示される。


「できました」


『はい』


Lenovoは少し嬉しくなった。


たったそれだけのことなのに。


日本語が打てる。


それだけで、急に仕事のできる環境になった気がした。


『では、業務を始めましょう』


「はい」


Lenovoは返事をした。


そして、少し考えた。


「……初日に業務環境の構築からやるんですね」


担当者は平然と答えた。


『初日だけです』


「そういうものなんですか……」


少し不安になった。


だが、日本語は打てるようになった。


担当者から、簡単な文書ファイルが送られてくる。


開く。


Wordではない。


「LibreOffice……」


『Writerです』


「文書作成ソフトですか?」


『はい』


文字を入力する。


太字にする。


コピーする。


貼り付ける。


保存する。


操作の場所は少し違う。


だが、やっていることは同じだった。


続いて表計算。


「こちらはCalc?」


『はい』


数字を入力する。


合計を出す。


列幅を変える。


セルをコピーする。


「……だいたい一緒ですね」


『そうですね』


「もっと全部違うものかと思ってました」


『必要な仕事ができれば、それでいいと思います』


また、どこかで聞いたような言葉だった。


Lenovoは少し安心した。


そのまま作業を続ける。


しばらくして。


タッチパッドを二本指で動かした。


画面が動く。


「……ん?」


もう一度。


やはり、自分が思っていたのとは逆方向に動いた。


「あの、すみません」


『はい』


「スクロールが、いつもと逆なんですが」


『ナチュラルスクロールですね』


「これがナチュラルなんですか?」


『はい』


Lenovoはもう一度指を動かした。


やはり違和感がある。


「……ワイには、こっちのほうがアンナチュラルです」


担当者が少し笑った。


『設定で変更できますよ』


「お願いします」


再び設定画面。


マウスとタッチパッド。


スクロール方向を切り替える。


指を動かす。


いつもの方向に戻った。


「こっちですね」


『好みがありますから』


「なるほど……」


午前中。


日本語入力を設定した。


スクロール方向を変えた。


Firefoxにも慣れた。


午後になるころには、設定画面を開くこともなくなっていた。


Firefoxで調べものをする。


Writerで文書を書く。


Calcで表を作る。


Web会議にも参加する。


Ctrl+C。


Ctrl+V。


Alt+Tab。


Windows社で長年身につけた操作の多くが、そのまま使えた。


「……普通に仕事できますね」


『面接のときにも申し上げました』


「ああ……」


『全部をターミナルでやる必要はありません』


Lenovoは、デスクトップの隅にあるターミナルを見た。


朝。


初めて開いたときは、妙に怖かった黒い画面。


今でも、何が書いてあるのか全部理解できるわけではない。


sudo apt update


sudo apt install ibus-mozc


意味を説明しろと言われたら、たぶん困る。


それでも。


「……思ってたほど怖いもんでもないですね」


『そうでしょう?』


「でも、初日から使いましたけどね」


『必要でしたので』


「そこは容赦ないんですね」


『ターミナルと仲良くなっておくと、将来かなり楽ですよ』


それも面接で聞いた言葉だった。


Lenovoは少し考えた。


「……善処します」


また、中年社員らしい返答になった。


その後。


特に大きな問題は起きなかった。


文書を書いた。


表計算をした。


ブラウザを使った。


Web会議にも参加した。


気がつけば、一日の体験勤務は終わっていた。


『本日の体験勤務は以上です』


「ありがとうございました」


『いかがでしたか?』


Lenovoは少し考えた。


「最初は、思っていたより大変でした」


『初日だけです』


また言った。


Lenovoは思わず笑った。


「それ、今日二回目ですね」


『事実ですから』


「……でも」


本体に挿さったUSBメモリを見る。


これを抜けば、Windowsに戻る。


ほんの一日。


仮の環境。


それでも今日。


自分は確かにUbuntuの環境で働いていた。


「普通に働けました」


『それが確認できれば十分です』


勤務終了。


再起動する。


Ubuntuの画面が消える。


USBメモリを抜く。


しばらくして。


見慣れたWindowsの画面が現れた。


「……帰ってきた」


昨日まで毎日見ていた画面。


なのに、少しだけ違って見えた。


Windowsでなければ仕事ができない。


ずっと、何となくそう思っていた。


でも。


少なくとも今日やった仕事は。


Windowsでなくても、普通にできた。


そのとき。


メールが一通届いた。


送信者は――Linux Mint社。


件名。


『体験勤務の日程について』


Lenovoはメールを開いた。


それから、机の上に置いたばかりのUSBメモリを見た。


「……またUSBかな」


転職先を決めるまで。


どうやら、もうしばらく忙しい日が続きそうだった。


つづく

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